一様なバルクを弱い非平衡条件下に置くと、系内がわずかに非一様になることはよく知られている。このような弱非平衡状態には平衡の熱力学構造を拡張できる。一方、非一様構造を内在する系は実生活に直結する対象で豊かな非平衡挙動を示すが、これらを記述できる熱力学構造については明確な指針が与えられないままであった。そこで本研究課題では、非一様系への非平衡影響に焦点を当て、一次転移に伴う相共存と分離、膜で区画分割された二成分流体、自己組織化を起こしやすい非線形振動子の集団運動をとりあげ、非平衡現象を記述する熱力学関数を探索した。その結果、熱流印加した非平衡定常系を記述する熱力学的枠組みとして「大域熱力学」を提案するに至り、熱伝導状態へのエントロピーや自由エネルギーの拡張に成功した。特に相共存では、二相を分ける界面付近に準安定状態領域を熱流によって制御できることを予想した。この現象は、熱力学関数の立場ではエントロピーに非相加的な項が追加されることに相当している。この理論予想を受けて、実験と数値実験による検証研究がはじまりつつある。また、同様の指針に則り、二成分流体が示す浸透圧現象への熱流影響も予想し、数値実験による検証を試みている最中である。この研究過程で、二成分混合で完全熱力学関数の役割を担う混合自由エネルギーについての新しい公式を導出することができ、この公式を利用した新しい研究分野の提案を行いつつある。この成果はさらに古典統計力学での分子識別性に関する話題にも広がった。 最終年度である今年度は、これらの研究成果を出版し、成果報告を行うことに重点を置いた。その結果は3報の英文査読誌に掲載され、広い関心を呼ぶことができた。物理学会誌への招待原稿掲載、複数研究会での招待講演へとつながり、研究規模を拡大して次の課題に歩を進める段階にきている。
|