研究課題/領域番号 |
19K03682
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
谷口 伸彦 筑波大学, 数理物質系, 准教授 (70227221)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 熱電現象 / 量子ドット / 量子熱力学 / 非平衡 / ナノ量子系 / 量子輸送 |
研究実績の概要 |
本研究課題は、ナノ量子構造系に内在する局所相関・量子性・非平衡性が非平衡熱流・熱電輸送に及ぼす影響を微視的理論により解析し、ナノ量子系の熱電性能向上を目的とする。熱力学極限の対極に位置するナノ量子系では、従来の熱力学と異なる量子論に基づく熱力学の構築が必要となる。そのため、ナノ系の熱電現象を理解する上で重要となる「非平衡量子熱力学」の理論構築を並行して行い、より高い見地から非線形熱電現象を理解することを意図する。 本年度の研究実績は以下の通りである。 1. ナノ量子系はエネルギーフィルタリング効果により、有望な熱電素材として注目されてきたが、高い熱電効率を実現するためには共鳴準位幅を温度スケールよりも十分小さくする必要があり、この条件の実現は困難であった。この状況を打開するため、研究代表者はファノ共鳴を用いた量子コヒーレンス制御可能な非線形熱電素子を提案した。 2. 提案されたナノ構造系(量子ドット干渉計)に対し、その熱電性能特性の理論解析を行った。その結果、量子コヒーレンスを制御することで、従来と比較して熱電効率が最大5~10倍にも向上可能であり、その性能向上は非線形領域まで持続することがわかった。 3. 以上の結果は、ナノ量子構造系の熱電素子としての新しい可能性を示す重要な結果である。これらの解析結果をまとめ、学術雑誌 Phys. Rev. Bにて成果発表を行った。本研究課題に関して、日本物理学会(2019年9月、2020年3月)および米国物理学会(2020年3月)で成果発表を行う予定であったが、新型コロナウィルス肺炎のため、2020年3月に予定された講演は中止となった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
異なる温度と電位をもつ複数の外部環境に接続されたナノ量子構造系は、有限の粒子流と熱流が駆動され、エネルギー変換素子(熱電素子)として有望である。研究初年度となる本年度は、研究実施計画に従い、非線形熱電現象を解析的に取り扱い可能なナノ量子構造系に着目し、その熱電輸送を評価することで、どのような要因(相互作用・量子干渉性・非平衡性)が熱電性能に大きな影響を与えるかを同定した。さらに、熱電素子として有望と考えられるナノ量子構造系を具体的に提案し、その熱電性能の理論的評価を行った。具体的な進捗状況は以下の通り。 1. 量子ドット系で高い熱電効率を実現するには、ドットの相互作用の有無によらず、動作温度をドット共鳴準位幅よりも十分大きくする必要があるが、この条件を実際に実現するのは極低温以外では困難である。しかし、ある種の構造をもつナノ量子系で、熱電性能の大きな向上を示唆する結果が得られた。その要因をより詳しく調べることで、ファノ共鳴を用いた量子コヒーレンス制御可能素子が非線形熱電素子として大きな優位性をもつことを提案した。 2. 提案されたナノ構造系(量子ドット干渉計)の熱電特性を理論的に解析すると、動作温度が共鳴幅よりも一桁近く小さな状況にもかかわらず、従来のナノ量子系と比べ、熱機関としての熱電効率が最大10倍、出力パワーが最大5倍近くも向上し、その効果は非線形領域まで持続することが明らかになった。 3. 以上は、ナノ量子構造系の熱電素子としての新しい可能性を示す重要な結果であり、成果として学術雑誌 Phys. Rev. Bにて発表した。また本研究課題に関していくつかの学会講演を予定していたが、新型コロナ肺炎感染症のため、2020年3月開催の日本物理学会、米国物理学会は中止となった。
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今後の研究の推進方策 |
研究開始当初の予定では、ナノ量子系の非平衡熱流・熱電輸送の解析と非平衡量子力学を構築にあたり、電子相関に着目して、解析可能な簡単化された微視模型に順次に取り組むことで研究を逐次、進める計画であった。これは、電子相関効果によりWeidemann-Franz則からの逸脱を狙うことで熱電性能を向上させる、という一般的なシナリオに基づいくものである。本研究課題初年度に得られた知見は、ナノ量子系の熱電性能向上には、構造がもたらす接合形状と量子コヒーレンスの影響も極めて大きいというもので、実際、最大5~10倍もの熱電性能向上が予測された。そのため、第二年度以降のナノスケールの非平衡量子熱力学の構築と展開を進める際にも、接合形状による量子コヒーレンス制御の側面を考慮することが必要と考える。 以上を踏まえ、量子コヒーレンス制御素子をも研究対象となるよう、第二年度以降の研究推進方策を修正・拡張する。具体的な研究推進内容な次のとおり。(1) 初年度に大きな熱電性能の向上が見られた量子コヒーレンス制御素子(量子ドット干渉計)の非平衡熱電特性を記述する量子熱力学の考察。(2) 輸送方程式と熱力学的不可逆性の関連。特に密度行列を用いた定常状態の熱力学的特徴づけ。(3)可解模型による散乱状態の構成と非平衡熱力学の構築。特に接合形状により量子コヒーレンスが制御される場合の考察。 研究課題の遂行にあたっては研究代表者1名が中心となり課題研究遂行に必要な解析の実施および総括を行う。初年度から繰り越した予算に関しては、前年度に購入を見合わせた物品を速やかに購入予定である。また第二年度以降の研究実施計画に従い、研究遂行に必要な計算機環境の導入・環境整備をおこなう。その他の主な予算使途は、国内外で調査研究、成果発表を行う旅費・滞在費である。
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次年度使用額が生じた理由 |
(理由)研究初年度、解析的手法を中心として課題研究活動を進めていたが、熱電性能の向上に関する研究が予想以上に進捗したことから、当該部分の成果発表を早急に行うことが必要と判断した。当初の計画では初年度に研究代表者が使用する高性能型卓上計算機1台を導入する予定であったが、成果発表に必要となる旅費・滞在費や雑誌掲載費用等の支出が見込まれ、設備備品費の一部を転用することにした。そのため、縮小した予算枠内で性能の劣る物品(計算機)を導入するよりも、次年度に十分な性能を持つ物品を導入する方が賢明と判断し、当該物品の購入を第二年度に延期した。以上が2019年末時点での判断であったが、その後、講演を予定していた2020年3月開催の日本物理学会年会および米国物理学会 March Meetingが新型コロナウィルス肺炎蔓延のために中止となり、留保しておいた旅費・滞在費がほぼ未使用となったことで、初年度の予算の大部分を次年度に繰り越すこととなった。 (使用計画)前年度に未使用であった設備備品費・旅費等を2020年度に繰り越し、前年度に計画していた物品(高性能計算機)を速やかに購入するとともに、第二年度の研究実施計画に沿って、その周辺機器の補完・整備のため物品を購入する。研究課題を遂行するための研究調査および成果発表を行うための旅費・滞在費として支出する。
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