2023年度は、まずジャロシンスキー・守谷相互作用の微視的計算を、面内磁化成分をもつラシュバ強磁性体に対して行った。実験家との共同研究で、ジャロシンスキー・守谷相互作用が重要な役割を果たすスピンホールトルクによるフェリ磁壁移動を解析し、フェリ磁壁に特有の自励振動状態を見出した。動的格子変形に誘起されるスピン流については、強束縛模型から出発して導いた有効摂動ハミルトニアンに基づいて具体的に計算し、四重極スピン流・垂直スピン流・ヘリシティ流といった多彩なスピン流が誘起されることを見出した。また、同様の手法を軌道流に適用して、軌道流の力学的生成を調べた。スピントルクとスピン起電力の複合効果である創発インダクタについて、Onsagerの相反定理の観点から考察した。 研究期間全体の成果は以下のとおり:(1) コリニアおよび傾角反強磁性体におけるトポロジカル・ホール効果、コリニア反強磁性体におけるトポロジカル・スピンホール効果およびスピン起電力の微視的計算を行った。これにより、反強磁性体における創発電磁場(および創発ベクトルポテンシャル)を同定した。これらはすべて、ベリー位相描像の前提(断熱過程)が破綻して非断熱効果が重要になる状況である。(2)反強磁性体におけるスピン移行トルクの微視的計算を行った。(3)トポロジカルな磁化構造が存在する下でのマグノン・ドラッグ過程を調べた。(4)スピン軌道相互作用の強いバンド電子が媒介するジャロシンスキー・守谷相互作用の微視的理論を構築した。(5)力学的スピン流生成に対するスピン軌道相互作用の効果を、多軌道強束縛模型から出発して微視的に調べた。
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