研究課題
二次元直交ダイマー系として知られるSrCu2(BO3)2では、近年様々な手法で圧力誘起によるダイマー一重項からプラケット一重項への量子相転移が観測されており、非常に注目を集めている。このプラケット一重項は、四角形の頂点にある4つのスピンについて、隣り合うスピン同士でペアを組み共鳴的に安定化して形成される一重項状態であるとされるが、必ずしも実験結果が示唆する状態とは一致しておらず、その詳細は不明である。そこで本研究では、多重極限ESRにより本系のプラケット相の詳細を明らかにすることを目的とする。このプラケット一重項状態を明らかにするためには、理論的に示唆される更なる高圧下(3 GPa程度)での新たな相転移の有無を確認することが重要である。その観測には、現行の高圧下ESRシステムの最高圧力が2.5 GPaであるため、発生圧力の拡張が必要である。そこで初年度に圧力セルの内径をこれまでの5 mmから4 mmにすることで圧力領域の拡張を試みた。その結果2.8 GPaにまで拡張することに成功した。そこで今年度は更なる拡張を試みた。しかし内径4 mmの圧力セルでは、シールの工夫などを行ってもこれ以上の圧力発生は困難であることが分かった。これは主に、高圧下でシリンダーが変形すること、内部部品であるセラミクスが破損することが原因である。シリンダーの変形を抑えるためは、内径をそのままに、外径の大きなシリンダーを使うことが一つの解決法である。また内部部品の片側をセラミクスから金属部品に変更できる、熱検出による圧力下ESRの可能性を探った。その結果、熱検出による圧力下ESR測定が可能であることが分かった。
3: やや遅れている
初年度には高圧下ESR用の圧力セルの発生圧力の拡張と、その較正手法の確立を行った。圧力は試料空間にESR試料と共に封入したスズの超伝導転移温度を、圧力セルの外に取り付けたコイルにより、交流磁化率測定で検出することで較正可能にした。また圧力セルの内径を5 mmから4 mmに小さくすることで、最大発生圧力を2.8 GPaにまで拡張することに成功した。今年度は、同手法で更なる圧力領域の拡張を試みた。しかし2.8 GPa以上の圧力を発生させようとすると発生効率が著しく低下し、更に内部部品の破損が見られた。発生効率の低下はシリンダーの変形が原因であると考えられる。シリンダーの変形を抑えるためにその外径を大きくすることは有効であるが、その場合、開発した圧力較正装置を備えたプローブに装着できず圧力較正ができない。そこで、圧力セル内部の試料空間に導線導入が可能でかつESR測定が可能な、熱検出によるESR測定を試みた。導線導入が出来れば圧力セル内部での交流磁化測定による圧力較正が可能である。またクライオスタットの大きさが許す範囲内で圧力セルの外径も大きく出来る。熱検出ESRとは、共鳴によって生ずる試料の温度上昇を検出することで行うESRである。ESRの共鳴条件下では、スピン系が電磁波のエネルギーを吸収するが、このエネルギーはスピン-格子緩和を通して最終的に系に熱として放出される。本手法では、圧力下でそれを検出する。具体的には、金鉄―クロメル熱電対を圧力セル内に導入し、試料をとりつける。基準点も圧力セル内に入れることで、共鳴時における温度上昇が測定される。これらにより同手法でのESRの観測に成功した。
本来、今年度中に3 GPa以上の圧力下でのESR測定を可能とする予定であったが、計画していた方法ではその達成が難しいことが分かってきた。そのため年度の途中より方針を変更し、熱検出型のESRによって更なる高圧下でのESR測定の可能性を探った。熱検出型ESR測定の利点は、クライオスタットの空間的制限の範囲内で圧力セルを大きくすることが可能である点、電磁波はセル内の試料に照射できればよく、片側にはジルコニア系セラミクスによる窓が必要であるが、もう一方は金属製のピストンに置き換えが可能である点を挙げられる。これらは更なる圧力発生に都合がよい。通常、熱検出によるESR測定では、試料の温度上昇を正しく評価するために試料周りを高真空にするが、圧力セル中では圧力媒体に囲まれる。従って媒体への熱の放散の可能性があったが、常圧におけるテスト測定では十分なS/N比で測定することが出来た。これは圧力媒体が良い熱絶縁体として働いていることを示す。この様に、熱検出ESRの可能性が高まったため、最終年度は同手法を進め、更なる高圧下でのESR測定を早期に実現する。導線導入が可能であるため、圧力較正も容易である。また横磁場印加可能な磁石と組み合わせることで角度回転測定も可能であることが分かってきた。これはSrCu2(BO3)2のプラケット一重項状態の異方性の測定にも非常に都合が良い。これらにより本系のプラケット一重項状態の詳細と、3 GPa付近での新たな量子相転移の有無を明らかにする。
新型コロナウイルスにより国内外の全ての学会や、打ち合わせがオンライン化されたため、計上していた旅費がほとんど未使用となった。最終年度も恐らく旅費が必要では無くなることが予想される。そこで最終年度は、ちょうど熱検出ESRという新しい方向での開発がスタートしたため、その測定に用いる圧力セル形状の最適化に用いる。
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