研究課題/領域番号 |
19K03768
|
研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
山口 毅 名古屋大学, 工学研究科, 助教 (80345917)
|
研究分担者 |
松岡 辰郎 名古屋大学, 工学研究科, 准教授 (60252269) [辞退]
|
研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
|
キーワード | 構造緩和 / 高粘性液体 / 粘弾性 / マルチスケール / 横波超音波 |
研究実績の概要 |
実験的にはまず,無電極水晶振動子を用いた自作のQCM-D装置を用いて,イオン液体[Cnmim][TFSA]の複素粘性係数測定を65 MHz ~ 3 GHzの周波数範囲で行った。アルキル鎖の長さはn = 1, 2, 8とした。振動子と電気回路が試料を介して電気的に結合していることに起因する見かけ上の共振周波数と共振線幅のずれの補正を行うことで,従来の金電極付振動子を用いた200 MHzまでの測定と良好に接続し,本研究で提案した補正法が導電性液体でも使用可能であることが分かった。また,従来の5 ~ 200 MHzの測定と合わせると,測定周波数域は5 MHz ~ 3 GHzと3桁にわたり,イオン液体の粘弾性緩和の全貌をカバーすることができた。 より高周波数での粘弾性緩和測定のため,X線非弾性散乱を用いた音速分散の測定をSPring-8にて行った。用いた試料はヘキサン,シクロヘキサン,1,4-ジオキサン,エチレングリコールジメチルエーテル,2-プロパノールの5種である。全ての液体でTHz領域の音速が低周波極限の音速より大きくなる,fast soundと呼ばれる現象が見られたが,鎖状分子からなる液体と比べて,環状分子からなる液体はfast soundの程度が大きいことが分かった。また,プレピーク構造を示す2-プロパノールでは,プレピークの波数においても密度揺らぎの緩和が遅くなるde Gennes narrowingが観測された。 液体の不均一構造がその中に溶解した溶質分子の拡散に与える影響を,分子動力学シミュレーションで解析した。溶質を自由に動かして求めた拡散係数と固定した溶質に働く力の相関関数から求めた摩擦係数の間に大きな相違があり,その違いは溶質サイズが小さくなるにつれて増大することが見いだされ,不均一構造のダイナミクスとの結合の違いに起因することが明らかとなった。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
測定装置の開発の遅れにより,当初予定していた測定試料のうち液晶等方相などいくつかの試料の測定に入れていない。また,研究成果の公表に関しても,新型コロナ感染症による学会・研究会のオンライン化・延期のため十分には行えていない。一方で理論・計算的手法による研究では,当初の予定を超えた成果も得られているが,実験計画の遅れを補うには至っていないと判断している。
|
今後の研究の推進方策 |
令和4年度は,高周波粘弾性測定に関しては,当初予定していた試料液体を用いて解析用のデータ取得を試みる.低誘電率試料では試料を介した振動子と電極の電気的結合が弱いため,データの質を向上させるための装置や測定法の改良も合わせて行う。また,研究代表者らの従来の研究では,100 MHz領域の粘弾性緩和を中性子スピンエコー法やγ線準弾性散乱法で測定した構造緩和と比較することで粘弾性緩和の微視的起源の解析を行っていたが,測定周波数が3 GHzまで拡張され,100 ps程度の緩和時間を持つ液体の粘弾性が測定可能となったことで,中性子後方散乱法で測定できる時間スケールの構造緩和との比較が可能になったため,適切な系を選択して中性子後方散乱法との比較についても検討する予定である。 X線非弾性散乱(IXS)による音速測定に関しては,顕著な違いが見られた環状分子と鎖状分子の違いに重点を置いて,分子動力学シミュレーションを用いた解析を行う。IXSで測定されるTHz領域の音波は波長が分子スケールであるため,その解釈には周波数の影響のみならず波数の影響も考慮する必要がある。両者の影響を分離するために,長波長極限の縦波弾性率の周波数依存性をKubo-Green理論を用いて計算し,音速分散から得られた縦波粘弾性と比較する。また,シクロヘキサンを含む多くの有機溶媒では振動エネルギー緩和に起因する音速分散がGHz領域で報告されていることから,縦波粘弾性に対する振動エネルギー緩和の寄与を分離する手法の開発を行ったうえで,環状分子と鎖状分子での振動エネルギー緩和による縦波粘弾性の違いについても解析を行う。
|
次年度使用額が生じた理由 |
令和3年度についても,研究成果の発表のため国際学会を含む複数の学会への参加を予定しており,そのための旅費と参加費を計上していたが,新型コロナ感染症の影響によって令和2年度に引き続きこれらの学会が延期,中止またはオンライン化されたことにより旅費が不要になったことが,次年度使用が生じた主な理由である。令和4年度は現地開催を予定している学会が多いことから,これらの学会の参加費と旅費に研究費を充てる。また,研究成果発表のため,複数の論文を学術雑誌に投稿する予定であり,そのための英文校閲費および論文出版料にも本研究費を用いる予定である。
|