研究課題/領域番号 |
19K03769
|
研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
土田 秀次 京都大学, 工学研究科, 准教授 (50304150)
|
研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
|
キーワード | DNA損傷 / 液体の水 / 真空内液体ジェット / ウリジル酸 / 紫外線照射 / 多光子吸収 / 二次イオン質量分析 / 間接作用 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、放射線による細胞内の生体分子損傷において液体の水の役割を明らかにすることである。本研究の意義は、がん治療や宇宙開発で問題となる放射線の生体影響において、正常細胞に対する放射線影響の科学的評価に役立つと考えられる。 本年度は、放射線の生体影響研究で古くから調べられている紫外線による影響について、これまで未解明の水分子を介したDNA損傷を調べた。特に、ヌクレオチド周辺の水分子の紫外線吸収よる損傷を調べた。実験では、リン酸、リボース、ウラシルの3つの部分構造から成る、RNA構成ヌクレオチドの一種であるウリジン5'-一リン酸(uridine 5'-monophosphate: UMP)を標的として用いた。真空内液体分子線法によりUMP水溶液を真空中に導入し、波長266 nmの紫外線レーザーを照射して液体から放出された正の二次イオンを質量分析することでUMP分子の損傷箇所を特定した。レーザー強度依存性から、各二次イオンが生成される際に吸収された光子数を調べた。また、水を含まない乾燥UMP標的に対して同様の測定を行った。 主な結果として、UMP水溶液標的では、ヌクレオチドの部分構造を結合する①C-N結合や②C-O結合の切断による損傷が起きるが、一方、乾燥UMP標的ではそれらの損傷はほとんど起こらないことが分かった。これらの損傷過程を考察した結果、①C-N結合の切断は、UMP周辺の水分子が266 nmの光子を2つ吸収(2光子吸収)することで、水和電子とOHラジカルが生成し、水和電子はウラシル部分に作用し解離性電子付着過程により、また、OHラジカルはウラシルとリボースの結合に作用することで誘発され、一方、②C-O結合の切断は、リボース部が3光子吸収することで誘発されることが示唆された。今後は、モンテカルロ計算により実験結果の妥当性を検討し、投稿論文にまとめる予定である。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、3年間の計画で3つのサブテーマから成る。初年度は、高速重イオンによる生体分子損傷において、水中で発生した二次電子による生体分子損傷を研究し、生体分子の電離しきい値以下の低エネルギー電子が損傷に寄与していることを明らかにした。本年度は、紫外線による生体分子損傷について、目標としていた水分子を介した損傷過程に関する有意義な結果を得ることができ、文献調査を通じて結果の解釈も煮詰めることができた。 得られた成果は、2件の学術論文(その中の1件は投稿した雑誌のHighlightに選ばれ(https://epjd.epj.org/epjd-news/2044-epjd-highlight-identifying-biomolecule-fragments-in-ionising-radiation)、また、EurekAlert! に掲載(https://www.eurekalert.org/pub_releases/2020-10/s-ibf102920.php))、1件の国際会議(招待講演)と2件の国内学会で発表した。また、次年度に計画している、電子ビームを用いた研究に進むために、新しい実験装置を作製し、予備実験の準備を開始している。これらの進捗状況から、「おおむね順調に進展している」と評価した。
|
今後の研究の推進方策 |
本研究の目的は、放射線による水中における生体分子損傷の実験的解明であるが、これまで得られた研究成果において、生体分子損傷における液体の水の役割は、放射線エネルギーの伝達媒体として、生体分子と多様な反応性を有する二次電子が重要な役割を果たしていることが分かってきた。実験結果とシミュレーション計算による解析から、発生した二次電子のうち、10 eV以下と10 eVから100 eVのエネルギーを持つ二次電子では、生体損傷が異なるメカニズムで起こることが分かった。特に、10 eV以下の低エネルギー電子による損傷が水中でどのような過程で起こっているかが未解明であるため、今後の研究方針では、エネルギーを制御した電子ビームを用いた研究に発展させる。これにより、低エネルギー電子と極性を持つ水分子の相互作用に伴う生体分子損傷という新たな知見が得られるこが期待される。また、これまでの研究でも有用であったPHITSによるシミュレーション計算は、本研究の目的に合致する有力な研究手段と成り得るため、本年度についても引き続き活用する。本年度は最終年度になるため、生体分子損傷における液体の水分子の役割について、放射線エネルギーの伝達媒体として、放射線と水分子の電離作用により発生する高エネルギー電子と励起作用により発生する低エネルギー電子のそれぞれが、どのような過程で生体分子損傷を誘発するかを解明し、それらを総括したまとめを行う。
|
次年度使用額が生じた理由 |
本年度は、新型コロナウイルス感染症の影響により、国内外の学会に参加するための旅費が全く要らなくなった。そのため、旅費の費目をその他に振り分けたが、不要な予算執行を防ぐため、次年度の物品費として使用する計画である。
|