高エネルギー重イオン衝突実験では高速に加速した原子核が衝突することで、原子核の構成要素である陽子と中性子の内部に閉じ込められているクォーク、反クォーク、グルーオンとが自由に動ける「クォークグルーオンプラズマ(QGP)」が生成すると考えられている。しかし、このような「高エネルギーでの」重イオン衝突では、生成するQGPに含まれるクォークと反クォークは、実は衝突前の原子核に含まれるものではない。それらは、衝突直後に存在する強いカラー電磁場から新たに生成したものだからだ。ところが、このように強い場から新たに粒子生成が起こるという描像を採用したとしても、それを記述する標準的理論では生成時間がかかりすぎることが知られている。このように、高エネルギー重イオン衝突では、QGPは生成していると考えられているものの、その生成機構の詳細 が理解されていないというのが現状である。本研究では、強い場の存在という観点から、今まで見過ごされてきた機構を吟味し、解決を目指すものである。
21年度まで、衝突直後に生成する非常に強い場が引き起こす新しい物理過程に関し、それがより現実的な「有限温度・有限密度」の環境のもとでどのように変化するのかという問題や、衝突直後の情報を得るために終状態(特にハドロン化)から生成する光子の見積もりを行ってきた。どちらも22年度に論文として公表、出版された。22年度はこれらの課題に加えて、衝突直後の強い場の中を走る高運動量の粒子がどのような影響を受けるか(場に与えるか)という問題や、強いグルーオン場の生成する過程がゲージ場の非可換性に起因するような場合(つまり、QEDの電磁場に帰着できない場合)に関して吟味を行った。これらの課題は現在も検討を続けている。最後に、上記の結果を新たに加えた長大な総合報告がようやく完成し、公開した(2023年5月、arXiv:2305.03865)。
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