研究課題/領域番号 |
19K03849
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
河野 通郎 大阪大学, 核物理研究センター, 協同研究員 (40234710)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | Ξハイペロン / カイラル有効場理論 / バリオン間相互作用 / 核物質計算 / Ξポテンシャル / (K-,K+)Ξ生成実験 / 半古典的歪曲波法 / ストレンジネス核物理 |
研究実績の概要 |
私達の日常の世界は、クォークのレベルで6種類存在するクォークのうち、軽い2つのアップとダウンクォークで構成される陽子と中性子(核子と呼ぶ)が束縛した原子核を基本的な要素として成り立っている。そこでは、少し重いストレンジクォークの自由度は実在していないが、宇宙の進化過程などで現れる高エネルギーあるいは高密度下での反応過程では役割を果たす。1つのストレンジクォークを含むバリオンであるΛハイペロンやΣハイペロン、そして2つ含むΞハイペロンと核子や原子核との相互作用を記述し理解することは、クォークが形作るバリオン世界の全体像を認識するための基本的課題である。私は、核子間相互作用に基礎をおいて原子核の構造と反応を微視的に理解する研究の延長として、ΛおよびΣの核媒質内での性質の研究を行ったが、今回Ξハイペロンの問題を対象を広げる。核媒質中でのΞと核子の相互作用を考えるには、ΛとΣとの結合を考慮しなければならず、総合的な扱いが必要な課題である。 近年、バリオン間相互作用の理論的記述に進展があり、クォークレベルの標準理論である量子色力学(QCD)に基礎を置くカイラル有効場理論によるパラメーター化が進み、核子間相互作用について2核子の散乱実験データーを精度良く再現するポテンシャルが得られている。その枠組みをハイペロンと核子に適用する研究も進んでいる。この研究課題では、ドイツのグループが開発しているバリオン間相互作用を用いてΞと原子核のポテンシャルエネルギーを理論的に予測する。他方、日本の高エネルギー研究機構で実験が行われている (K-,K+) 反応による原子核内でのΞ生成実験データーを、これまで開発してきた半古典的歪曲波法を用いて解析する。予測性が高いと考えられる相互作用を用いた理論的研究と、原子核上のΞ生成実験スペクトルの解析の両面で、核媒質中でのΞハイペロンの性質を明らかにする。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ドイツのグループがパラメーター化した、カイラル有効場理論によるバリオン間相互作用を用いて、核子の仮想的な無限系(核物質という)でΞと核子の2体相関を記述するG行列方程式を解いて、核媒質内でのΞと核子の有効相互作用を求めた。実際の有限核でのΞのポテンシャルエネルギーは、核物質のポテンシャルを局所密度近似により対応させた。計算は、12Cで行い、Ξのポテンシャルエネルギーは浅いが引力的であり、いくつかの束縛状態が存在することを予測した。実験的には、高エネルギー研究機構で行われたエマルジョン実験で束縛状態が見つかっているが、ほぼ対応する結果である。一方、(K-,K+)Ξ生成実験については、Ξが生成される素過程のエネルギーと角度依存性を考慮することができる半古典歪曲波法を用いてΞ生成スペクトル計算を行った。詳細な議論のためには、高エネルギー研究機構で行われた実験の最終的な結果の報告を待たなければならない。これらの結果は、ドイツのシュパイヤーで開かれたストレンジネス物理に関する国際研究集会で報告を行った。 以上の研究は、核物質においてΞと核子の相互作用の短距離特異性を処理し、同時に媒質効果を取り入れる理論的枠組みによるものである。一方、Ξと2核子のような少数系では多体問題の方程式を厳密に解くことができる。そのような系が、束縛状態として存在するかどうかは、相互作用の性質が直接的に関わる問題として興味深い。実験的に束縛状態が存在するかどうかは知られていない状況で、理論的な予測を行うことの意義は大きい。しかし、この問題を近似的に扱った報告はあるが、厳密に方程式を解いた研究はなされていない。そこで、これまでΛと2核子の系を手掛けてきた研究者の協力を得て、ΞNN3体系の研究を進めている。核子多体系の場合、3核子相互作用が本質的に重要な役割を担う。対応するΞNN3体力の検討を始めている。
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今後の研究の推進方策 |
カイラル有効場理論のバリオン間相互作用を用いて核物質計算を行い、12Cなどの原子核におけるΞのポテンシャルエネルギーを求めて束縛状態を計算した結果は、現在知られている実験が示唆する結果とほぼ対応するようである。今後、実験から得られる情報の精度が上がり、また少し重い原子核でのΞの束縛状態が明らかになれば、Ξと核子の相互作用をより詳細に検討することができる。そのために、重い原子核でのΞポテンシャルとそれが予測するΞ束縛状態の計算を進める。その際、核物質で求めたポテンシャルを有限の原子核に移すためのいくつかの方法の信頼性を定量的に検討することが必要である。カイラル有効場理論以外に、量子色力学を格子上で定式化して数値的にバリオン間相互作用を第一原理的に導く研究が進んでいるが、その計算が予測する相互作用記述との相違点を調べることは、バリオン間相互作用の理解に有用である。 (K-,K+)Ξ生成実験のスペクトル計算については、実験データーの確定を待たなければならないが、K-が陽子と反応してΞ-を生成する素過程の部分の不定性が原子核でのΞ生成スペクトルにどのように影響するかを調べることが次の課題である。Ξと2つの核子が束縛状態を作るかどうかについては、理論的な結論を得ることができる。実験的に、束縛状態が存在するかしないかが確定すれば、スピンやアイソスピン状態の相互作用の寄与を詳細に調べることにより、Ξと核子の相互作用記述を精密化することができるため、カイラル有効場理論へのフィードバックを行うことができる。ΞNN 3体力の寄与の評価をあわせて行う。これらの課題について、ドイツのバリオン間相互作用の研究者そして国内の少数多体系計算の研究者との研究協力を引き続き行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究課題に直接関わるストレンジネス核物理に関する国際研究集会が昨年11月末にドイツのシュパイアーで開催され、主催者からΞハイペロンと原子核の相互作用についての発表講演を打診された。核物質中のΞのポテンシャルの性質に基づく原子核におけるΞ束縛状態の予測や、 K-中間子によるΞ生成スペクトルの計算について発表可能な内容の結果が得られている段階であり、それらを発表するとともに関連する様々な情報そして世界的な研究動向を知る貴重な機会であるため参加することにした。しかし、当初予算では出張旅費が不足するため前倒し支払い請求を行った。請求額が10万円単位であったため残金が生じた。 私の場合、研究費の使用では出張旅費が大きな部分を占める。秋と春に行われる物理学会の今後2年間の開催地を見ると、居住地の大阪から比較的近く、研究発表のための学会参加旅費は例年より少ないと見込むことができ、前倒し利用の影響は小さい。
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