研究課題/領域番号 |
19K03863
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
西岡 辰磨 京都大学, 基礎物理学研究所, 特定准教授 (90747445)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 量子エンタングルメント / 共形場理論 / ホログラフィー原理 / ブラックホール |
研究実績の概要 |
欠損演算子入りの場の量子論は素粒子論のみならず物性理論や宇宙論でも重要な枠組みだが、これまではモデルごとの解析が中心で、系統的な研究はほとんどなされてこなかった。今年度は最も簡単なクラスである自由スカラー場理論において、どのような欠損演算子が存在するかを調べた [JHEP 05 (2021), 074]。欠損演算子が共形対称性の一部を保つとき、欠損演算子は反ドジッター空間上のスカラー場に対する境界条件として特徴付けるられることを新たに発見し、これにより自由スカラー場理論の欠損演算子を完全に分類することができた。またノイマン型とディリクレ型の境界条件の間の自由エネルギーの差を計算し、研究代表者が数年前に提唱した欠損演算子入りの場の量子論における C-定理予想と整合する結果を得ることができた。
ブラックホールが蒸発過程によって元々持っていた情報を失うという「ブラックホール情報喪失問題」の解明に向けて、近年、低次元重力理論を用いたブラックホールの解析が行われている。当研究ではエンタングルメント比熱とよばれるこれまでほとんど調べられていなかった量子情報量をブラックホール蒸発過程に適用することで、エンタングルメント比熱がブラックホールの蒸発が起こる典型的な時間で大きく変化する特徴的な振る舞いをすることを明らかにした [JHEP 05 (2021) 062, JHEP 10 (2021) 227]。
エンタングルメントエントロピーの拡張として近年導入された擬エントロピーは量子情報の時間変化を捉える情報量として注目されているが、その一般的な性質は十分に理解されていない。[JHEP 09 (2021) 015] ではトポロジカルな場の量子論や共形場理論での擬エントロピーを考察し、その一般的な性質を導出した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
欠損演算子入りの場の量子論と、それらの量子情報理論的側面の理解について、今年度は様々な方向性から研究を行った。一つ目の自由スカラー場で存在可能な欠損演算子の分類は、ほぼ同じ時期に別のグループによって全く異なる手法で得られたものと整合する結果を得た。我々が導入した平坦時空上の欠損演算子を、反ドジッター空間の境界における境界条件として特徴付ける手法は自由スカラー場のみならずより一般の場の量子論にも適用できる可能性が高い。また反ドジッター空間上の場の量子論は AdS/CFT 対応の文脈でこれまで数多の研究がなされている。これらの先行研究の知見を活かすことで、今後の欠損演算子研究に新たな方向性が生まれることが期待される。
ブラックホール情報喪失問題は理論物理学最大の難問の一つであるが、低次元重力による解析を通してその非摂動論的理解に一定の進歩があった。その際に大きな役割を果たしたのがエンタングルメントエントロピーであったが、これは量子情報量の限定的な側面しか捉えることができない。今年度の研究で用いたエンタングルメント比熱はエンタングルメントエントロピーとは異なる量子情報量であり、重力の非摂動効果に関する新しい情報を与えることが研究代表者の研究で初めて明らかになった。
擬エントロピーは数年前に導入されたばかりの新しい量子情報量であり、その性質はほとんど分かっていない。今年度は最も簡単なクラスの場の量子論であるトポロジカルな理論と、扱いやすいクラスである共形場理論を考えることで、場の量子論における擬エントロピーの定性的な振る舞いについて一定の成果を得ることができた。
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今後の研究の推進方策 |
今年度の研究では自由スカラー場理論に焦点を当てて欠損演算子の構成と分類を行った。研究代表者の発案した欠損演算子を反ドジッター空間上の境界条件として特徴付ける手法は自由スカラー場に限らずより一般的な場の量子論に適用可能と考えられる。来年度は相互作用が入ったスカラー場の理論に同様の手法を適用して、相互作用が欠損演算子に与える影響と、くりこみ群の下での振る舞いを調べたい。またゲージ場を含む場の量子論についても同じ手法を用いることで欠損演算子の構成と分類を行うことができるかどうか精査したい。
来年度以降はエンタングルメント比熱の多方面への応用を探る研究も行いたい。例えば蒸発するブラックホールに代表されるような曲がった時空上の場の量子論の性質を探る上で、エンタングルメント比熱が役立つと考えられる。他にも境界やループ演算子などの拡がりを持つ演算子がある場合の場の量子論において、エンタングルメント比熱を通してこれらの演算子の性質を探りたい。
擬エントロピーは時間発展する量子系の量子エンタングルメントを定量化する新たな情報量であり、今年度の研究でその一般的な側面を明らかにした。時間発展する系はある時間一定面に欠損演算子が入った場の量子論とみなすことができるため、欠損演算子入りの場の量子論の手法が擬エントロピーの解析に役立つと考えられる。今後はホログラフィー原理と組み合わせてこのような方向性の研究を推進したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度も新型コロナウイルスの影響により予定していた海外での研究会への参加を見送ることになった。そのため渡航費などとして使用予定だった研究費が余ってしまった。来年度はコロナの状況にもよるが、可能であれば海外出張を行い、研究成果発表を積極的に行いたい。また海外出張出来ない場合は、国内で徐々に再開され始めた研究会などに参加し、成果発表や共同研究推進を行いたい。
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