研究課題/領域番号 |
19K03877
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研究機関 | 摂南大学 |
研究代表者 |
安井 幸則 摂南大学, 理工学部, 教授 (30191117)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | キリング・矢野対称性 |
研究実績の概要 |
ペンローズはミンコフスキー空間上のスピンがsで質量ゼロの場の方程式の解がスピンs-1/2の解から誘導できることを示した。これを繰り返し使うことによりスピンsの方程式をスピン0の方程式に帰着させることができる。このような手法はスピン上昇・下降変換と呼ばれる。この方法はミンコフスキー空間という平坦な時空に限られるのであろうか? ペトロフのタイプD真空においてもスピン上昇・下降変換がうまく行くことが知られている。たとえば,タイプD真空の代表例であるカー・ブラックホール時空においてマックスウェル方程式(s=1)や重力摂動方程式(s=2)がs=0の方程式に帰着することはスピン上昇・下降変換として理解することが出来る。この場合のs=0の方程式はチューコルスキー方程式と呼ばれ,カー・ブラックホール時空の安定性解析において重要な役割を果たしている。スピン上昇・下降変換が成立する幾何学的な根拠としてキリング・矢野対称性がある。この対称性は時空計量の対称性であるキリングベクトルを高階のテンソルに拡張したものである。2000年代に入ると,超弦理論や超重力理論に動機づけられた高次元ブラックホール時空の研究が活発に行われた。特に,一般次元においてキリング・矢野対称性を許すブラックホール時空の一意性が証明されたことは大きな成果である。この時空はKerr-NUT-(A)dS時空と呼ばれている。本研究では,キリング・矢野対称性を使ってカー時空のようにマックスウェル方程式がs=0の方程式(拡張されたチューコルスキー方程式)に帰着することを示すことに成功した。この結果は重力摂動方程式についてもスピン上昇・下降変換がうまく行くことを期待させるものである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
高次元のKerr-NUT-(A)dS時空上のマックスウェル方程式は,時空のキリング・矢野対称性によってスカラー場の方程式(拡張されたチューコルスキー方程式)に帰着する。これはペンローズのスピン上昇・下降変換の一般化である。ルーニンはこのスカラー場の方程式が変数分離することを示した。4次元の場合ニューマン・ペンローズ技法によってチューコルスキー方程式が変数分離することは知られていたが,高次元でも方程式の変数分離性が保たれるということは驚きであった。本研究では,このような変数分離性を理解するためにEisenhart-Duval liftと呼ばれる手法を用いて高次元のKerr-NUT-(A)dS時空上のマックスウェル方程式を解析した。Eisenhart-Duval liftとは,D次元時空上の方程式をD+2次元時空のラプラス方程式に持ち上げる方法である。具体的には,マックスウェル方程式に対応するスカラー場の方程式をD+2次元時空上のラプラス方程式と見なしその方程式の対称演算子を構成すした。互いに交換する対称演算子が自由度の数だけ存在すると変数分離性が保証されるのである。高次元のKerr-NUT-(A)dS時空上でこのような性質を持つ対称演算子を具体的に構成し,マックスウェル方程式の変数分離性を証明した。
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今後の研究の推進方策 |
4次元カー・ブラックホール時空の線形摂動についてキリング・矢野対称性の視点から考察する。歴史的にはニューマン・ペンローズ技法による解析から始まりチューコルスキー方程式の変数分離性の発見へとつながった。その後,方程式の変数分離性の背景にはキリング・矢野対称性があることが認識された。本研究では,重力摂動のキリング・矢野対称性を記述する新しい方程式を提案したい。これまでの研究をとおしてマックスウェル方程式のキリング・矢野対称性については理解が進み,カー時空から任意次元のKerr-NUT- (A)dS時空まで統一的な記述が可能になった。しかしながら,重力摂動方程式の変数分離性の起源については未解決な問題が残されている。ここ20年間の未解決問題として「任意次元のKerr-NUT-(A)dS時空の線形摂動方程式は変数分離するか?」という問題がある。この問に答えるためにはキリング・矢野対称性についてより深い理解が必要となるであう。4次元の場合には,キリング・矢野対称性を記述するゲージ化された共形キリング・矢野方程式がBenn-Charlton-Kress(1997)によって提案された。この方程式は捩率ゼロのヌル測地線を捕らえる方程式であり,マックスウェル方程式や重力摂動方程式が変数分離する幾何学的な根拠を与える。しかしながら,Bennたちの方程式を素直に高次元のKerr-NUT-(A)dS時空に適用してもうまく行かない。なぜなら、4次元と異なり捩率ゼロのヌル測地線が時空に存在しないからである。本研究で明らかになった高次元時空上のマックウェル方程式の変数分離性はキリング・矢野対称を記述する新しいタイプの方程式に基づくものであり,重力摂動についても威力を発揮するものと期待している。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナウイルス感染予防のため出席予定であった春の物理学会(名古屋大学)および大阪市立大学において開催予定していた相対論研究会(3月20-22日)が中止となり科研費の使用計画に変更が生じた。この差額は,2021年3月に大阪市立大学において開催予定の相対論研究会で使用する予定である。
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