研究実績の概要 |
本研究の目的は、圧倒的な感度を備えた近赤外線高分散分光器WINEREDをチリ共和国のラスカンパナス天文台にあるマゼラン望遠鏡に設置し、様々な天体の高品質な近赤外線高分散スペクトルを取得してライブラリーとして公開することである。しかしながら、昨年から続く新型コロナウイルスに伴う混乱によりチリ共和国での作業は大きな制限を受け、2020年度が終了した時点でもマゼラン望遠鏡へのWINEREDの移設作業が終了することはなかった。このため、2019年以降新たな観測データを取得することはできていない。 その代わりに本年度は、過去にWINEREDをチリ共和国のラ・シヤ天文台に搭載して取得したクェーサー6天体のスペクトル解析および論文化に着手した。目的はクェーサーのスペクトルに見られるMg II, Fe II輝線の強度から、過去に研究代表者が考案した手法(Sameshima et al., ApJ, 2017, 834, 203)を適用することで鉄とマグネシウムの存在量を導出し、それらが宇宙の歴史とともにどのように進化したかを調べることである。WINEREDで観測したクェーサー6天体は赤方偏移2.7にあり、約100億年前の情報を含んでいる。近赤外線では深刻になる大気吸収の補正をスペクトルに施すことでMg II, Fe II輝線強度の測定を行い、組成比[Mg/Fe]を導出することに成功した。これにより、約100億年前の宇宙にどれだけ鉄が存在していたかをクェーサーを用いて初めて明らかにした。結果はThe Astrophysical Journalに査読付き論文として投稿し、受理された(Sameshima et al., ApJ, 2020, 904, 162)。加えて、この成果に関して東京大学理学系研究科広報室を通じてプレスリリースを行った。
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今後の研究の推進方策 |
マゼラン望遠鏡での観測が開始するまでは、引き続き過去にWINEREDで取得した観測データの解析を中心に進める。WINEREDは過去に京都産業大学が所有する望遠鏡に搭載され、様々な天体のスペクトルを取得している。これらは本研究の目標の一つである振動子強度の検証を想定して観測されたものではないため、振動子強度の検証を行うのは困難であるが、ライブラリーとして公開する価値は十分にあるデータである。その一部であるA型星のスペクトルに関して、研究代表者は過去に解析結果をまとめて論文として発表(Sameshima et al., 2018, ApJS, 239, 19)しており、同様の手法を他の様々な適用して論文化する作業を進める。 コロナウイルスによる混乱が落ち着き、マゼラン望遠鏡へのWINEREDの移設が完了すれば、観測を行う予定である。マゼラン望遠鏡でのWINEREDの観測夜数は決まっており、 それを関係研究者で分ける形になっているため、検討会を行うなどして観測夜数を決定し、それに基づいて観測候補天体の選別を行う。なおマゼラン望遠鏡での観測は、実際に現地に赴いて観測を主導する予定である。
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