研究課題
宇宙において最も強い磁場を持つ天体が中性子星であり,その磁場強度を直接測定できる唯一の方法がサイクロトロン吸収線(以下,吸収線)のエネルギーである.この吸収線のエネルギーが光度変化によって変化するモデルの構築を行い,シミュレーションを行っている.令和2年度では,GX304-1などの比較的低い光度で起こる光度が上がるとともに吸収線のエネルギーも増加する現象について計算を行ってきた.「連続成分の放射の異方性」と「重力により光の経路は曲げられる効果」を考慮して計算を行ったことにより,基本波の吸収線構造が2つ現れる場合があることがわかっている.ただし,エネルギーの低い側に現れる基本波の吸収線は非常に浅い場合が多く,観測では確認できない可能性もある.そこで令和3年度では,Vela X-1の観測の基本波で見られるような大変浅い吸収線構造について,シミュレーションを行うことで特徴を調べてた.観測では,光度が上がるとともに吸収線のエネルギーがほとんど変化しない天体や一旦エネルギーが減少する天体もあり,どのような原因で天体によって異なった振る舞いをするのかについて,まだ統一して説明できる理論的なモデルがない.Vela X-1では,基本波の吸収線構造が非常に浅い特徴だけでなく,吸収線のエネルギーは光度が上がると一旦減少してから増加する傾向が見られることから,本研究のモデルにより,説明できる可能性がある.低エネルギー側の浅い吸収線を調べるには,Vela X-1が非常に適した天体であり,重力レンズ効果により吸収線が2重に形成されている可能性について調べた.シミュレーションの結果はVela X-1の観測の特徴とよく一致し,重力レンズ効果により形成されている吸収線と考えることができる.このように考えると,Vela X-1は今まで見積もられていた磁場の強さの5倍の強さになる可能性があることがわかった.
3: やや遅れている
本研究の令和3年度の目標としては,比較的低い光度で起こる「光度が上がるとともに吸収線のエネルギーも増加する現象」について,明確にエネルギーが増加する天体だけでなく,ほとんど変化のない天体や一旦エネルギーが減少する天体についても計算をすることであった.ここでは,中性子星の2つの磁極のpole1とpole2を考慮し,重力により光の経路が曲げられる効果を計算して、2つの磁極からの放射の混合を計算する.この結果,基本波では2つの吸収線構造が作られることにより,低エネルギー側に浅い吸収線と高エネルギ側に深い吸収線が形成されることが確認できた.これは,Vela X-1で観測されている特徴と一致しており,さらに,低エネルギー側の吸収線のエネルギーが光度が上がると単純に増加することなく,大きな変動は示さない傾向があるという点も本研究の計算から示すことができた.また,Vela X-1だけでなく,他の天体についても計算を行い,A0535+262についても低エネルギー側の吸収線のエネルギーが光度が上がると単純に増加することなく,大きな変動は示さない傾向を再現することができた.A0535+262では,低エネルギー側の吸収線は比較的深い構造を持つが,光度が上がると浅くなることから,重力レンズ効果による2重構造である可能性があると考えられる.これによって,Vela X-1やA0535+262はサイクロトロン線のエネルギーから見積もられてきた磁場の強さの3倍から5倍は強い可能性があることが示唆された.この結果から,GX304-1が光度が上がるとともに吸収線のエネルギーも増加する一方で,Vela X-1やA0535+262については,明確に増加しない理由を説明することが可能となった.これらの結果をまとめることで,現在論文を投稿中となっている.さらに,今後,学会などで発表を行う予定である.
令和3年度に行った天体Vela X-1やA0535+262の計算結果は,同程度の光度になる他の天体にも適用できると考えられる.今後は,他の天体のスペクトルについてもシミュレーションを行い,同じ様な特徴を持つかどうかを調べていく予定である.平成29年に中国で打ち上げられたX線天文衛星HXMTによる観測では,高いエネルギーのサイクロトロン線も観測できており,かなり強磁場の中性子星に対しても調べることが可能なことから,本研究のモデルによる計算と比較することで,新たな成果が得られることが期待される.また,今後は令和3年度のモデルを発展させて,光度が高い場合の天体に応用することも考える予定である.光度が高い天体では,光度が比較的低い天体とは逆に,光度が上がるとともに吸収線のエネルギーは減少することがいくつかの天体で観測されている.しかし,何故そのような振る舞いをするのかについて統一的に説明できる理論はまだ確立されていない.そこで今後は,比較的低い光度での観測結果の説明に成功したモデルを光度が高い場合にも応用できるように改良し,シミュレーションを行うことで,光度が高い天体での吸収線の変化を計算する.また,特に光度が高い場合では,一回転の中の位相ごとのスペクトルの解析も観測において多く行われている.この観測結果と比較するために,位相ごとの吸収線構造を詳細に調べることが必要であり,重力により光が曲がる効果を考慮したコードを用いることによって,2つの磁極からの放射の重ね合わせを角度依存性も考慮して輻射輸送問題を解く.観測では4つの位相ごとのスペクトルが解析されている場合が多いことから,位相ごとのスペクトルの特徴を並列計算を行うことで,光子数を4倍にして計算を行う.
コロナウィルスの影響で,出張を行うことができず,打ち合わせなどが十分できなかったため,論文の完成も遅れてしまった.令和4年度は論文の投稿も行うことで,予算を使用する.
すべて 2021
すべて 雑誌論文 (1件) (うち国際共著 1件、 査読あり 1件) 学会発表 (1件)
The Astrophysical Journal
巻: 919 ページ: 33-40
10.3847/1538-4357/ac1268