研究課題
太陽物理学における未解決問題「コロナ加熱問題」の解明にとって、現在最も渇望されている観測量は、光球とコロナとの薄い境界層“彩層・遷移層”での磁場情報であり、その状況を紫外線偏光観測で打破しようというのが本研究である。本研究では、日米欧太陽観測ロケット実験Chromospheric LAyer Spectro-Polarimeter(通称CLASP2)で得る電離マグネシウム線(280nm)での偏光分光観測データと中性水素のライマンα線(122nm)での撮像観測データを、偏光・分光・撮像のあらゆる面で解析し、彩層・遷移層の大気構造と磁場構造の定量的な導出の確立を目指している。また併せて、飛翔後に回収された観測装置の機能性能検証も行うことで、今後目指すべき紫外線偏光分光の本格観測の礎を科学的・技術的に構築することを目指している。2019年4月にCLASP2実験は無事に実施され、太陽彩層からの電離マグネシウム線の高精度な偏光分光データの取得に成功した。2019年度は、まずは観測データそのものを使って、観測装置の機能性能が予定通り発揮されているか検証を行った。その確証の元、初期解析による速報結果を日米の天文学会年会や各種研究会にて発表した。また、飛翔前の偏光較正試験と飛翔中の偏光較正計測とを総合して求めた観測装置の偏光特性評価を本年度完成させた。2019年度末の時点で、偏光較正含めた観測データの較正プロセスが確立し、今後の詳細解析のための基礎ができあがった。一方、飛翔後無事に回収された観測装置については、全系の機能試験と光学試験をNASAマーシャル宇宙飛行センター(MSFC)で実施し、飛翔前と変化していないことを確認した。また、搭載されていた回転波長板機構については、保管のために観測装置から取り出して国立天文台に移送したが、移送後の機能試験でも問題ないことを確認した。
2: おおむね順調に進展している
CLASP2実験で取得された偏光観測データの初期解析から、活動領域の観測で電離マグネシウム線のみならず近傍の彩層スペクトル線でも顕著な円偏光が検出された。これらの円偏光は磁場の視線方向成分によるゼーマン効果で充分説明できるものであるが、複数のスペクトル線を使うことで彩層底部~上部にわたる多層の視線方向磁場情報が得られつつあり、当初の想定を超えた成果になりつつある。CLASP2実験はスリット位置固定の観測であったために彩層の縦断面の様子を切り出すのみであるが、今後スリットスキャン観測と組み合わせることで彩層磁場の構造を3次元空間のなかで把握する研究へと発展させることもできる。一方、静穏領域の観測でも着実に直線偏光が検出されており、散乱偏光による大気構造の理解とハンレ効果による磁場構造の理解の進捗が充分期待できる状況である。なお、CLASP2観測装置は、飛翔後の機能性能試験により、飛翔前と全く変わらず健全なことが確認された。そのため、観測ロケット実験という短時間観測で限られた対象の観測を行うケースでは、紫外線偏光分光観測の技術的基礎が得られたと言える。但し、観測衛星としては、多様な観測対象や研究対象へも適用しうる汎用性のある装置要求や、安定した観測継続のための耐久性のある装置機能など、科学・技術両面でさらなる検討が必要である。
進捗状況に記載のとおり、電離マグネシウム線とその近傍の彩層スペクトル線の円偏光観測によって彩層底部~上部にわたる多層の視線方向磁場情報の掌握は、それ自体が当初想定を超えた成果となりつつあるが、スリットスキャン観測と組み合わせることで「彩層の3次元空間の中での磁場構造の理解」というさらに想定を超えた成果へと発展させることができる。一方で観測装置もいわばいつでも再実験可能な状態で存在している。そのため、2019年4月に取得したCLASP2観測データの詳細解析を進めて査読論文とし国際学会等にて成果報告を行うとともに、CLASP2観測装置の再飛翔実験により活動領域のスリットスキャン観測を行う計画も進めて、本研究をさらに発展させる。後者での実施事項は、米国の共同研究者がNASAに提案する再飛翔実験に対して、観測装置を主導してきた日本チームが、機能性能試験・打上オペレーション・観測立案に参加することであり、装置開発は必要としていない。最終的には、前者による既存データの解析と、後者でさらに取得するデータの解析とで、将来の観測衛星による紫外線偏光分光観測の本格観測研究の礎をより強固に築くこととする。
広島で2020年3月に開催の「IAU Symposium 360: Astronomical Polarimetry 2020 - New Era of Multi-Wavelength Polarimetry」に参加し講演する予定だったが、新型コロナウィルス感染症の蔓延により、シンポジウム自体の開催の無期延期が2020年2月に決定され、そのための関連費用(旅費および参加費)の執行が急遽取りやめとなったため。翌年度の助成金と合わせて、紫外線偏光分光による太陽上層大気の研究の進捗と成果報告に使用する。
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The Astrophysical Journal
巻: 887 ページ: 2~2
10.3847/1538-4357/ab4ce7
UVSOR Activity Report
巻: 46 ページ: 38~38