日本海の表層型メタンハイドレート(MH)は海底近傍の堆積物中に濃集して胚胎され,その安定性は外的要因(海水準変動や底層水温変化,堆積・削剥作用等)の影響を受けやすく,また,周辺層への影響が現れやすい.MHの不安定化が海底地すべりを誘発したという観点から,本研究では山陰沖日本海の海底地すべりの発生機構を検討した. 検討した海底地すべりは鳥取沖約80 kmの隠岐トラフ南西斜面に位置しており,すべり方向の変状域の長さは20 kmに達する.変状域周辺には表層型MH胚胎域に特徴的なマウンドやポックマーク等の海底微地形が多数分布する.変状域末端で採取したコアには泥礫を含む地すべり堆積物が確認され,地すべりの発生年代を44 kaと結論した.これは最終氷期最盛期に向けた海水準低下期にあたる. 地すべり近傍の非変状域での水深700 m,1000 m地点の地温計測により,地温勾配はそれぞれ83.13 mK/m,99.42 mK/mと求められた.また,水深1000 m地点で採取したコアの熱伝導率は平均0.8040 W/m・Kであり,これより地殻熱流量を79.93 W/m2と求めた.さらに,鳥取沖で日本海固有水の水温・塩分深度分布を複数回実測してモデル化した.これらに基づく現在のMH安定領域基底深度は,水深700 m地点で115.1 mbsf,水深1000 m地点では130.5 mbsfと求められた. 現在の地温勾配,底層水温,堆積速度に基づく推算では,MIS5e間氷期に安定領域基底は最も深くなり,その後の海水準低下に伴い徐々に上昇する.海水準が現在より75 m程度低かった地すべり発生当時,安定領域基底は地すべり土塊の直下に位置していた可能性が高い.不安定化した領域ではMHが水とメタンガスに分解して地盤支持力が低下し,安定領域基底に沿って斜面が滑動したという発生機構を,本研究の結果は強く支持する.
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