プレート沈み込み作用によって形成された付加体には多くの断層がある.それぞれが,静穏期には強く固着して地震時に高速変位するアスペリティ,または震源深度ではあるが固着していない部分,震源深度の上限および下限深度周辺においてゆっくりと変位する部分など地震観測で判明しているすべり挙動と対比することは困難であった. 本研究は断層近傍の歪み分布が,断層のすべり挙動判別の新しい指標になることを提案する.カルサイト結晶の双晶密度が,それを含む粒状体が経験した最大応力に比例するという,それは特定の弾性率試料における事例研究はあったが.本研究では初生的に双晶変形を含まない水熱合成カルサイトを高強度モルタルに混入し,弾性率の異なる粒状体における双晶密度変化を明らかにした.試料の弾性率に関係なく,双晶密度は試料の歪みに比例する事がわかった.広範な粒状体を対象に過去の歪みを知る指標となり,試料が弾性体であると仮定できる場合は応力計になることを意味する. 南海トラフの陸上延長である四万十付加体には多くの断層とカルサイト脈が存在する.カルサイト脈の同位体組成を広域に調査して,現地性流体起源であることを確認した.震源深度の断層では断層中心部は高い歪みを経験しているが,それは断層から離れると指数関数的に減衰することがわかった.この減衰レートは,弾性体に亀裂が成長する際の亀裂先端の応力集中のそれと一致する.また,四万十付加体のなかでも被熱温度が高く,震源深度の下限域の断層に応用した場合は,断層中心部はやや高い歪みを経験しているが,断層から離れるにつれて緩やかに減衰することがわかった.これは高温域における塑性変形によって亀裂先端の応力集中が緩和されたものと説明できる.これは例えば金属やプラスチック材料の緩やかな亀裂進展で広く認められる現象であり,断層破壊がゆっくり進展した,すなわちスロー地震の物的証拠と解釈できる.
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