インド洋ODP Site 738コアにおける、約5600万年前の暁新世始新世境界温暖極大期(PETM)相当層、および前期始新世相当相のバルク試料について、昨年度に引き続き、Ba安定同位体分析を行った。同時に、Ba安定同位体分析法改良も進め、特にエラー検定などの統計的データ処理方法を最適化することで分析データの有意差評価を確実にすることで、データプロファイルを明確化することが可能となった。最終的に、本研究では19ポジションのBa安定同位体比データを得た。 本研究で得られた結果は、Ba安定同位体比が、温暖化の指標である炭素同位体比と類似した変化することを明白にするとともに、PETMにおけるBa安定同位体比変化だけではなく、その後の前期始新世温暖化イベント(ETM2およびI1)における変化も検出することができた。さらに、ETM2直後のH2、およびI1直後のI2イベントについても、さらなる精度向上により変化が検出できる可能性も明らかとなった。 また、温暖化イベント前後を含むBa安定同位体比の変化と炭素同位体比の変化のタイミングが、PETM以外は一致するのに対し、PETMではBa安定同位体比の変化が炭素同位体比の変化先行し、そのタイミングがずれていることも明らかとなった。一般に、Ba安定同位体比変化は、海洋における生物生産の強度変化を反映することから、温室効果ガスに起因する炭素同位体比変化と、温暖化に伴う海洋生物生産性強化は同時あるいは従属であると考えられる。ところが、PETMにおけるBa安定同位体比の先行変化は、上記考えを支持せず、Ba安定同位体比を変化させる海洋生物生産性以外の海洋イベントファクターも存在する可能性が明らかとなった。 本研究の結果は、Ba安定同位体比は古海洋環境トレーサーとして非常に有効であることを示し、この成果をまとめた論文は執筆中であり、早期に投稿予定である。
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