本研究では、鳥類の前肢(翼)の筋骨格系がどのように進化してきたかについて、進化発生学および古生物学の両アプローチから解明を進めた。 進化発生学アプローチとしては、前年度までに進めてきた細胞レベルでの組織学的観察および遺伝子発現解析についてより精密なデータを集め、これまでの発生学的解析を支持する結果を得た。 また、古生物学アプローチとして、前翼膜筋を持つ動物では死後も肘関節が一定の範囲の角度に保たれるとの理論的予測について、統計学的に検証した。まず、中生代および新生代の非恐竜竜弓類(トカゲ、カメ等;前翼膜筋を欠いていた動物)と新生代のクラウン鳥類(前翼膜を持っていた動物)の関節状態の化石の肘関節角度を比較したところ、有意な差があり、予測通り、前翼膜筋を持つクラウン鳥類は化石化した際に肘関節角度が小さいことが示された。これを指標として、獣脚類の各グレード間で肘関節角度を比較するとともに、系統図上における化石に保存された肘関節角度の変化を解析したところ、前翼膜筋はマニラプトル類の共通祖先で成立していた可能性が高いことが分かった。したがって、前翼膜筋は、翼が進化するよりも前、地上性の祖先的段階の前肢ですでに備わっていたと考えられる。一方、手首関節についても同様に関節した状態の化石における関節角度を計測、統計学的に比較解析したところ、クラウン鳥類では角度が小さいが、これは翼の獲得後、鳥類系統に入って以降に保存される関節角度が狭い範囲に入るようになったものであることが示された。このことより、地上性の獣脚類恐竜と同様に、初期鳥類では、橈骨と尺骨のずれによって手首関節の伸屈を自動制御するしくみが成立しておらず、手首の可動自由度は制限されていなかった可能性が高い。
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