研究課題/領域番号 |
19K04094
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研究機関 | 兵庫県立大学 |
研究代表者 |
井上 尚三 兵庫県立大学, 工学研究科, 教授 (50193587)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | SUS304ステンレス鋼 / 薄膜 / スパッタリング |
研究実績の概要 |
準安定オーステナイトのSUS304ステンレス鋼は応力誘起マルテンサイト変態を生じることが知られている。従って、バルクと同じFCC相のSUS304鋼薄膜は応力誘起変態を利用した2次元応力分布の記録メディアとして利用できる可能性がある。ところが、PVD法によって室温基板上で成長させた薄膜はバルクではあり得ないBCC相100%となってしまうので、実際に上の様な用途を目指した研究はなされたことはない。本研究は、成長中の薄膜に降り注ぐイオンやエネルギや流束を制御できるスパッタ装置を用いて、SUS304鋼薄膜がBCC相で成長する原因について再検討するとともに、相変態による記録メディアや耐食性コーティングとしての可能性を探ることを目的としている。 本年度までに、SUS304ステンレス鋼薄膜の成長相には基板の材料が大きな影響を及ぼしており、ステンレス鋼と格子定数の非常に近いFCC結晶であるCu板を基板に用いれば、基板温度600℃でFCC相がほぼ98%以上の薄膜を成長させることが可能であることがわかった。また、成長中の薄膜への高エネルギのイオン照射はBCC相やσ相の成長を誘起してしまい、本研究で目的とするFCC相の薄膜を得るためにはむしろ有害であることも明らかとなった。 さらに、基板としては石英基板上にCu薄膜を成長させたものでもCuバルク基板上と同等のFCC相薄膜が得られることが明らかとなった。ただし、この場合のCu薄膜は十分に連続膜であることが必要であり、概ね100nm程度の膜厚が必要であった。また、炭素などの不純物元素がFCC相の薄膜成長に及ぼす影響を調査するため、高純度原料から製作したFe-Cr-Ni高純度ターゲットによる実験も始めており、FCC相が主体の薄膜を成長させるためにはより高い温度が必要なこと、成長時のモルフォロジーに大きな違いが生じることが明らかとなりつつある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
昨年度までの実験結果を総合すると、Cu板あるいはCu薄膜上でSUS304鋼薄膜を成長させたときに他の基板上よりFCC相が成長し易い原因はエピタキシャル成長が起こっていることはほぼ間違いないと考えられた。そのため、石英基板上にCu薄膜を成長させ、真空を破ることなく引き続いてSUS304鋼薄膜を成長させれば、FCC相の成長に必要な基板温度の低減や下層のCu薄膜の薄層化が図れる可能性がある。この仮説を検証するため、2基のスパッタ電極を有する別の装置の基板ホルダーを改造し、Cu薄膜とステンレス薄膜を連続して成膜する実験を計画していた。昨年7月頃、基板ホルダーの改造を業者に発注したが納入時期が予定より大幅に遅れ、実際に納入されたのは令和元年度末であった。そのため、この部分の実験が手つかずとなってしまった。 その他の部分の研究計画は比較的順調に進行したものの、コロナ禍の影響もあり、全体で見ると当初の予定より幾分遅れが生じていると言わざるを得ない。
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今後の研究の推進方策 |
令和2年度は、昨年度までの実験を継続して進めながら、新しい実験により本研究を推進していくことを計画している。以下、その内容を簡単に列挙する。 Fe-Cr-Ni高純度ターゲットを用いた実験: 昨年度の実験により、市販のSUS304鋼ターゲットを用いた場合より成膜条件の影響が現れやすいように見受けられた。そこで、このターゲットを用いた実験を継続し、成膜条件が成長相におよぼす影響を更に詳細に評価していく。 CuとSUS304鋼ステンレス薄膜の連続成膜による実験: スパッタ電極を2基有する別の装置を用いてCu薄膜上に真空を破ることなくSUS304ステンレス鋼薄膜を成長させ、基板温度の影響とともに基板となるCu薄膜の膜厚の影響を詳細に評価したい。これにより、FCC相薄膜の成長温度の低温化と下地のCu層の膜厚の薄層化の可能性について検討する。 応力誘起変態の発生確認: Cu箔を基板としてFCC相のSUS304ステンレス鋼薄膜を成長させ、基板ごと引張り変形することによって薄膜に応力誘起変態が生じることを確認する。また、与えたひずみと応力誘起変態BCC相の含有率の関係を明らかにしていきたい。 薄膜内でのBCC相とFCC相の分布状態の観察: 磁気力顕微鏡を用いてFCC相とBCC相の分布状態の観察を試み、2次元応力分布記録メディアとしての可能性の検討を開始する。
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次年度使用額が生じた理由 |
進捗状況の項でも述べたとおり、業者に発注していた基板ホルダーの改造の遅れにより、それに関わる実験で使う予定だった経費に余剰が生じた。また、この遅れに伴って、真空装置のターボ分子ポンプのメンテナンス時期にもずれが生じており、令和2年度に予定していたこれらの経費を令和3年度に使用することとしている。
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