準安定オーステナイトであるSUS304ステンレス鋼は、外部応力によりマルテンサイト変態が誘起する。従って、SUS304鋼を薄膜化すれば、応力分布を記録するメディアを作れる可能性がある。ところが、PVD法で室温基板上に成長させた薄膜はバルクとは異なりBCC相100%の薄膜となるので、実際にこの様な用途を目指した研究はなされていない。本研究では、FCC相のSUS304鋼スパッタ薄膜が成長する条件を確立し、相変態による記録メディアや耐食性コーティングとしての可能性を探ることを目的とした。 これまでの研究で、SUS304鋼薄膜の成長相は温度だけでなく基板材料とスパッタ条件に依存しており、600℃のCuバッファ層上に基板へのイオン照射を抑えた条件で成長させれば、FCC相が98%以上の薄膜が得られることがわかった。これは、Cu層上でSUS304鋼薄膜のエピタキシャル成長が誘起されるためと考えられる。しかし、薄いCuバッファ層上のステンレス薄膜の表面形態は凹凸が激しいものとなってしまった。この原因は、SUS304鋼薄膜を成長させる温度でのCuバッファ層の表面形態の変化によるものであった。そこで、バッファ層の改良を検討し、Cu薄膜上に室温で5 nmのSUS304鋼薄膜を成長させた多層バッファ層を用いれば、SUS304鋼薄膜のモルフォロジーを大きく改善できることを明らかにした。 また、応力分布の記録メディアとしての可能性を探るため、Cu箔基板上に成長させたFCC相のSUS304鋼薄膜を用いた引張変形およびハンマーの打撃による応力誘起マルテンサイト生成挙動を調査し、後者において薄膜内のBCC相含有率の明らかな増大が確認できた。これは記録メディアへの応用にはポジティブな結果である。また、科学的見地から同じ組成のFCC相とBCC相の薄膜について耐食性を比較する実験を試みたが、明らかに耐食性が異なるような結果は見られず、詳細は不明な点はあるものの現状では耐食性は結晶構造には依存しないと考えられる。
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