本研究は,「遊泳中のヒトが水中および水面付近(ここでは水面上と水面直下を意味する)においてどのようにして音を聴いているのか?」という生理物理現象を明らかにすることを第一の目的とし,さらに「遊泳中のヒトに対して音声や音響によって情報伝達を行う場合にはいかなる音源を選択すれば良いのか,その指標を提示する」ことを第二の目的とした.研究期間内には,水中と空気中の境界面においてヒトが水中音源から放出された音をどのように識別するか?いわば水中聴覚検査とも言える検証実験を実施した.初年度には実験環境の構築を主たる目的とし,ダイビングプール内の水中に座位安静で準備した被験者が音源からの音を聞き,それを認識できるかどうかの基礎実験を実施した.計画2年目の2020年は,新型コロナウイルスの影響により被験者実験が一切できないという状況に見舞われ,研究計画は停滞した.最終年度の3年目である2021年は,新型コロナウイルスの感染状況が治った期間にプール内でのテザード水泳によって泳者が水中聴覚テストを行った.実験では音源である水中スピーカーから放出される1/3オクターブ試験音源を音圧レベルを上昇・下降の2つのプロトコルによって聴取させ,認識できたか否かを記録するという実験を実施した.またプール内における水中音の周波数特性についても事前調査を行い,プール特有ともいえる特定地点・深さにおける音の消失現象も発見した.実験で得られた1/3オクターブ試験の結果からは低周波音に対してはヒトの聴覚は極めて感度が低いことが裏付けられた.また,聴覚に集中しているか否かによって,その可聴レベルは大きく変わる可能性も示唆された.従って,ヒトの意志,集中力によって変わりうる水中聴覚特性は単純に生理・物理学的な意味での水中聴覚とは異なることも示唆された.
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