実験と計算の両面から、90度磁気結合を有する磁性積層膜におけるスピントルク発振周波数の増加に取り組んだ。これまで、90度磁気結合の大きさを表す係数は、巨視的な磁化過程をフィッティングすることで求められてきた。しかしこの手法では得られる係数に幅が生じ、高い精度は期待できない。動的な磁気特性であるスピントルク磁化発振の周波数を計算で得るためには、より高精度な90度磁気結合係数が必要である。そこで、従来の磁化過程のフィッティングに加え、微視的な磁気像とも合わせこむこととした。具体的には、高分解能Kerr効果顕微鏡で磁化曲線と各点における磁気像を取得し、これをシミュレーションで記述できる条件から、90度磁気結合の係数を算出した。この結果、90度磁気結合自体が空間分布を持っていることが分かり、その分布自体もフィッティングで求めることで、精度の高い係数を得ることができた。 一方、前年からの継続として、2層の強磁性層が面内磁化膜と垂直磁化膜で構成されているオルソゴナル構造で高周波を実現し、さらに90度磁気結合を導入して安定な磁化発振を実現する電流領域を拡大することに成功した。オルソゴナルだけでは磁化反転が容易なため安定発振領域が狭い。また、面内磁化膜が2層ある従来構造では、90度磁気結合を導入しても周波数が15 GHzで頭打ちであった。オルソゴナル構造と90度磁気結合の組み合わせにより、安定なスピントルク発振が得られ、その周波数は50 GHzに到達した。これは、汎用的な3d遷移金属で得られるスピントルク周波数の10倍の周波数である。このように広い周波数帯域でのスピントルク磁化発振を得る設計を得た。
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