研究課題/領域番号 |
19K04511
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研究機関 | 山梨大学 |
研究代表者 |
小野島 紀夫 山梨大学, 大学院総合研究部, 准教授 (40500195)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 有機トランジスタ / 静電スプレー堆積法 / 低分子/ポリマーブレンド / 自己組織化相分離 / 親撥処理 / 分子配向制御 |
研究実績の概要 |
本課題では,グリーン溶媒を用いた環境調和型プリンテッドエレクトロニクスを構築することを目指している.これまでに我々が開発した技術である「グリーン溶媒を用いた高性能ポリマーブレンドトランジスタの作製」および「有機エピタキシーによる低分子半導体結晶のπスタック方向制御」を融合し,ポリマーの化学的性質を利用してIoT素子の作製に向けた革新的な有機半導体技術を開拓することを目的としている.2019年度の研究実績として「親撥処理により低分子半導体結晶のπスタック方向を制御した高性能な低分子/ポリマーブレンドトランジスタの作製および高均一なデバイス特性の実証」を挙げる.我々は,ロール・ツー・ロール工程への適用が可能な静電スプレー堆積という印刷技術を用いている.この方法は,大面積成膜が可能であり,液滴の乾燥工程が短いため他の印刷法に比べて生産効率が高く,真空蒸着法と同様のシャドーマスクを用いた選択的な膜形成が可能である.また我々は,電気的特性に優れた低分子半導体と絶縁性ポリマーをブレンドし,垂直方向相分離により1ステップの印刷プロセスで高性能な有機トランジスタを作製している.しかし,複数のトランジスタを搭載した集積回路へ応用するためにはデバイス特性のばらつき抑制,とくに高速動作に重要なキャリア移動度の均一化が重要である.有機トランジスタの活性層となる有機半導体結晶には電荷輸送にかかわるπ電子軌道の重なりに異方性があるため,電気的にも異方性が存在する.そこで本研究では,高アスペクト比のシャドーマスクを用いて撥液性ポリマーの表面に親液性のゲート電極をパターニングし,低分子半導体の結晶化する方向を一様にして分子配向を制御した.分子配向を制御した有機トランジスタの移動度分布をヒストグラムで示した結果,分子配向制御をしていない場合と比較して高均一であることを実証し,本研究の優位性を明らかにした.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
現在までの進捗状況は,研究計画どおりに着実に進んでいる.前述した研究実績の他に得られた成果を以下に述べる: (1)グリーン溶媒を用いたポリマーブレンドトランジスタの作製における溶液作製条件の検討および無極性溶媒(ヘキサン)の添加による効果の解明 (2)低環境負荷プロセスによる絶縁性ポリマー保護膜の堆積およびグリーン溶媒を用いた静電スプレーによる低分子半導体の選択エッチングの実現 (1)に関して,これまでハロゲンフリーかつ非芳香族のグリーン溶媒としてヘキサン・酢酸ブチル・アセトンの混合溶媒を用いていた.しかし,3種類の溶媒を用いると溶液作製が複雑になり,成膜環境の影響を受けやすい.そこで,ヘキサンを除いて低分子/ポリマーブレンドを成膜した.その結果,ヘキサンなしで作製したデバイスではヒステリシスのあるトランジスタ特性が観測された.これは,ヘキサンの添加により低分子半導体とポリマー絶縁膜の相分離界面における電気的特性が向上することを示している.界面形状の違いを調べるために,電子顕微鏡を用いた断面モフォロジーの観察を行ったが大きな差は見られなかったため、今後さらに要因を調査する.(2)に関して,グリーン溶媒(酢酸ブチル・アセトン)を用いた静電スプレー堆積法により絶縁性ポリマー保護膜をマスクパターニングし,次に,ヘキサンとアセトンの混合溶媒を静電スプレーすることで直交性のあるポリマー保護膜および下層のポリマー絶縁膜は溶解せず,低分子半導体のみを選択的にエッチングすることに成功した.一般に,印刷技術は成膜について研究されているが,成熟したSi半導体プロセスに倣い選択エッチングを行った.これより,有機トランジスタの寄生抵抗となる低分子半導体のバルク抵抗を削減し,特性向上が期待できる.今後,断面モフォロジーを観察してサイドエッチングを調べ,デバイスの作製・評価を行い,本研究の優位性を示す.
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今後の研究の推進方策 |
2020年度の研究では以下の3点に取り組む: (1)選択エッチングによる寄生抵抗の削減および有機トランジスタの特性向上 (2)静電スプレーによる選択的な不純物ドーピングと有機半導体の導電率制御 (3)グリーン溶媒を用いた両極性ポリマーブレンドトランジスタの作製 (1)に関しては前述のとおりである.(2)に関して,有機トランジスタの接触抵抗を抑制する方法として,コンタクト電極と有機半導体の界面にキャリア輸送層の挿入が研究されている.我々も,正孔輸送層である酸化モリブデンを挿入することで接触抵抗の低減に成功している.そこで,選択エッチングプロセスと同様にパターニングした絶縁性ポリマー保護膜上に酸化モリブデン溶液を静電スプレーして選択的な不純物ドーピングを行う.静電スプレーでは,試料に着弾する液滴の速度を印可電圧により調整できる.したがって,有機半導体に不純物を注入することで導電率を制御してバルク抵抗を低減できる可能性がある.我々は,印刷技術と成熟したSi半導体プロセスを融合して,革新的な有機半導体技術を開拓する.(3)に関して,一般に有機トランジスタでは良好な特性の得られるpチャネル,すなわち正孔をキャリアに用いたデバイスが作製されている.しかし,消費電力の少ない有機集積回路を実現するためにはSi CMOSと同様の相補型ロジックゲートが必要である.オール有機または有機・無機ハイブリッド相補型ロジックゲート(NOTやNANDなど)の報告例はあるが,p/nチャネルに異なる半導体材料が用いられており,複数のトランジスタを搭載する集積回路の作製には不向きである.そこで,グリーン溶媒を用いた1ステップの印刷プロセスで両極性ポリマーブレンドトランジスタを作製する.両チャネルを形成するために,絶縁性ポリマー保護膜の堆積や,低分子半導体の選択エッチング,選択的な不純物ドーピングなどの技術を活用する.
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次年度使用額が生じた理由 |
2019年度予算の残りを2020年度に繰り越した理由は,科研費の効率的な利用のためである.2020年度の使用計画として,当初の研究計画には計上していなかったn型有機分子材料(フラーレンなど)やその実験を遂行するための器具類の購入が挙げられる.これらは,2019年度の研究成果をもとに発展した「グリーン溶媒を用いた1ステップの印刷プロセスで両極性ポリマーブレンドトランジスタおよび相補型ロジックゲート(インバータなど)の作製,低消費電力フレキシブルコンピュータの実現」という研究に取り組むために必要である.この研究は,科研費の題目である「ポリマーを用いた環境調和型プリンテッドエレクトロニクスの構築」の内容にあっているため,2020年度の科研費での支出を考えている.
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