一級河川・那賀川上流の長安口ダム流域(約500km2,主にスギ人工林)を対象に,森林の降雨遮断蒸発能と地表面流貯留能の向上を目的とした30年間の複層林化事業による森林の洪水低減機能の向上と流域治水への有効度について流出シミュレーションを用いて検討した. 森林の洪水低減機能は,土壌の雨水貯留能,樹冠の降雨遮断蒸発能,地表面の地表面流貯留能の3つで構成されると考え,そのうち比較的早い能力向上を期待できる降雨遮断蒸発能と地表面貯留能を河川整備計画(約30年)内で最も効率よく向上できる森林整備シナリオを提案した.具体的には分布型流出モデルを用いて洪水流出率の低い小流域を抽出し,その中で森林整備事業を実施しやすい公有林(約20%)で複層林化を進める.施業可能面積はコーホート変化率法により推定した林業従事者数と実務者に対するヒアリングから推定した1人当たりの施業可能面積の積により見積もった.そして複層林化による遮断蒸発能の経年変化は樹冠の樹冠長と樹冠投影面積から推定し,地表面流貯留能への寄与率が最も高いと考える地表面粗度の経年変化を林内の相対照度と林床植生の繁茂の関係から推定式を構築して見積もり,これらを流出モデルに反映させた. 流出解析は森林斜面部を地表面流分離直列2段タンクモデル,河道部を修正マスキンガムクンジ法とする分布型流出モデルを用いた.シミュレーションには,既往最大クラスの平成26年台風11号ほか4洪水の水文データを使用し,ピーク流量低減率で森林の洪水低減機能を評価した. 解析の結果,流域全体での平成26年台風11号のピーク流量低減率は1%未満と推定された.複層林化された小流域のピーク流量低減率は20%程度が期待されるものの,全流域ではほとんど効果が現れないという計算結果が得られた.流域治水において部分的な森林整備(本研究では20%)は有効とならないことが推察された.
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