本研究は、ウランバートル市の約3割の世帯が居住する都市定住者ゲルにおける冬季の石炭暖房による大気汚染物質排出量削減とゲルの住環境の質改善に資する事を目的としている。前年度までに、現地のゲル居住者やゲル製造販売業者に対するインタビュー調査を行った結果を踏まえ、断熱材をシート被覆したパネルを室内側から固定する断熱改修手法及びゲルのドア開放時の漏気による熱損失抑制のための組立式風除室の開発を行った。また、これらの断熱手法の実証試験として、冬季の約3週間、ゲル2戸において現地実測を行った。最終年度は、この現地実測データ解析を行い、以下の知見を得た。 1. ゲルの室内空気温度の日間変動は、世帯や日によって異なり、ストーブの火力変動に大きく影響している事が示唆された。 2.ストーブの強火力条件では、室内上下気温差は大きく、高さ1.5mで気温は40℃を超えることもある一方、床付近空気温度は常に20℃以下であった。この成層温度場は、対流式電気ストーブ使用時と比較して、石炭ストーブ使用時により強くなった。 3. ゲルの作用温度は全体の時間の7割以上の時間帯でASHRAEの快適範囲の下限を上回った。一方、ストーブの乏しい火力調節機能のため、時に過剰暖房となり、敢えてドアを開けて外の冷気を取り入れる行動が観察された。 以上、要するに、本実測調査を通じ、ゲルという伝統的な仮設住宅のユニークな室内温熱環境の形成プロセスを明らかにした。モンゴルでは寒冷な気候にもかかわらず、近代建築に見られるような強固で断熱性の高い外壁は採用されず、容易に組み立て可能な薄い皮膜による移動住居が長年使われてきた。このゲルの寸法は高度に標準化されており、円形平面の中心に強力な輻射熱を持つストーブが設置されている。これは、極寒の冬にストーブの放射暖房で温熱快適性を達成するための条件として自ずと定まってきたと思われる。
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