研究課題/領域番号 |
19K05188
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研究機関 | 金沢工業大学 |
研究代表者 |
谷口 昌宏 金沢工業大学, バイオ・化学部, 教授 (30250418)
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研究分担者 |
小野 慎 金沢工業大学, バイオ・化学部, 教授 (10214181)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | アトムプローブ / 分子不斉 / 光学異性 / 電界イオン顕微鏡 / トロイダル静電レンズ / 有機分子 |
研究実績の概要 |
本研究は電界イオン顕微鏡(FIM)とアトムプローブ(AP)を同時に運用することで、光学異性 (分子の対掌性、左右)を実空間で識別しようというものである。具体的にはFIMにより原子レベルでの表面構造の観察をしながらAPによって試料表面から脱離してくるイオン種を質量分析によって特定しようとするものである。 APの装置において現在主流となっている3次元AP (3D-AP) は位置敏感型二次元検出器によって試料から脱離するイオンを質量分析しながら漏れなく検出したデータをデータの再構築によって三次元可視化するものである。原子レベルでの位置情報を確認するには映像ガスを導入して観察する従来型FIMの方が位置分解能で優位である一方、検出データの個数、試料表面上でカバーする領域の広さにおいては3D-APの方が勝っている。 上述の理由から、本研究ではトロイダル静電レンズによるエネルギー収束を行なうPoschenrieder-AP (Pos-AP) とFIMが合体した FIM-Pos-AP を使用することで、映像ガスを導入してのFIM像観察と十分な質量分解能によるAP分析を両立させることを行なう。 昨2020年度中に静電レンズの実寸法を用いての電界計算とイオンの飛行軌道のシミュレーションを行ない、最善の結果を得るための設定電位と、装置の設計製作時には十分に検討されていなかったイオン光学系の端縁場の悪影響を低減するための補正電極と電位設定を検討していたので、2021年度はそのための電源製作と自動制御ができるように測定システムの製作を行なった。 さらに、FIM-Pos-APにおけるFIM像観察とAP分析を真の意味で同時に実行できるようにするために、電子光学系にデフレクタ(チョッパー)によってAPでの電界蒸発トリガと連動させながら分析するための偏向電極の設計と撮像制御プログラムの作製を進めた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
研究装置の準備については、3D-APについては当初の計画ではポッケルスセルによるレーザーのパルスピッカー(ロシア製)を導入する予定であったが、価格が大幅に値上げされ、今回の予算を大幅に超過することとなった。代替品を検討したが、やはり価格の面から導入不可能と判断し、他の手段で研究目標を達成することを検討した。 そこで研究計画を再検討し、既に稼動しているFIM-Pos-AP装置の機能を(1)~(4)のように改善して研究課題の達成を目指すこととした。(1) イオン検出器の劣化したマイクロチャンネルプレートを交換した、(2) 分析効率を向上させるために飛行時間法質量分析システムを更新する必要が生じ、サブナノ秒精度のデジタルタイマー (TDC)を自作した、(3) トロイダル静電レンズの動作条件検討により、レンズ端縁場の補正のための電場設定の見直しを行った。 以上のFIM-Pos-AP装置の改善の他に、研究課題達成に直接関わる事柄として、(4) 構造情報(表面原子の座標)を確保するために FIM-Pos-APにデフレクタと高感度カメラを導入した。 以上、計画を研究装置面で大幅に変更し (1)~(4)の作業が生じたために、解決策を具体的に実装するのに時間がかかってしまった。研究予算内の投資によって位置情報をFIM画像として担保しながら質量分析と両立できると期待される。 一方、分析試料の検討が計画から遅れている。 前項でも述べたように、ほぼ装置面での作業には目処がついたので、今後は分析試料の検討を進め、研究課題の達成に注力する予定である。 研究の進捗にかかわる外的な要因として、ウイルス感染症による学校の閉鎖、遠隔方式での授業対応、学生のケアなどの課題は2021年度にかなり緩和されたが、学生の入構ができなくなったことにより、研究補助の人力が不足したことも大きい。
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今後の研究の推進方策 |
本研究での主要な装置である FIM-Pos-APについては、2020年度に トロイダル静電レンズの特性向上のための対策、ToF-質量分析計のTDC製作と計測システムの更新、デフレクタ導入によるFIM観察領域とAP測定領域を一致させての分析、など課題が絞り込まれ、それぞれの課題に解決の目処がついた。 トロイダル静電レンズの特性については従来軽視されていた端縁場の補正が特性に大きく影響していることが確認され、その補正パラメータも絞り込まれたので、収差補正のための高圧電源、電極駆動回路なども準備できたので、装置に組み込んで調整していく予定である。 2022年度はFIM-Pos-APにデフレクタを組込むことでAP分析を行いながら実分析領域のFIM像を電界蒸発の前後で高感度カメラにより撮影し、脱離位置を特定することを目指す。APによるイオン種同定とその脱離前後の相対位置を真の意味で決定できることは従来の研究になかった特色であり、FIM像自体の位置分解能は3D-APによるものよりも精度が高いので、光学異性の表面での実観察という研究目標の達成には好適であると考える。 分析試料については2座配位子による大きな不斉構造を持つ金属錯体についてAP分析できる条件を見出している。さらに研究分担者との検討により、ペプチド誘導体、アミノ酸オリゴマーを候補として準備を進めている。ペプチド誘導体についてはホスフィン基など大きな官能基を持つものを準備しており、ラセミ混合物の試料はもちろんのこと、R体、S体への光学分割により光学異性を持つ試料がどのような表面構造を形成するかを含めて実験を進める。
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次年度使用額が生じた理由 |
2021年度の研究業務において、課題達成のための機材 (消耗品と装置改修に必要な部品を含む)はほぼ調達でき、装置本体への組込みなどは順調に進んでいる。しかし、機能改善のための改修作業に時間を要したために、実試料の分析を通じた研究課題自体の達成はまだ不十分である。そのため、研究期間の1年延長を申請したところ延長を認められた。次年度使用額は消耗品費に充当させていただく予定である。
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