研究課題/領域番号 |
19K05254
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
和田 裕文 九州大学, 理学研究院, 教授 (80191831)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 磁気冷凍材料 / 磁気熱量効果 / 液体水素 / 一次相転移 |
研究実績の概要 |
磁性体に一定温度で磁場を加えるとエントロピーは減少する.また断熱状態で磁場を取り除くと温度が下がる.これらの性質が磁気熱量効果である.磁気冷凍は磁気熱量効果を用いた冷凍法であり,環境にやさしく省エネルギーが図れる技術である.近年磁気冷凍は液体水素の液化への応用が注目されている.水素はクリーンなエネルギー源として期待されているが,液体状態で保存,運搬することが望ましいので,液体水素を安価で安全に供給する技術の開発が必要である.もともと磁気冷凍は極低温の断熱消磁から出発しており低温とは相性はよい.さらに液体水素温度でも超伝導マグネットが利用できるので,より大きな磁気熱量効果を活用できることも利点である.最近NIMSは磁気冷凍による水素液化の大規模プロジェクトを開始しており,液体水素~液体窒素温度の低温領域で用いられる磁気冷凍材料の開発が重要なテーマとなっている. 本研究ではこのテーマに取り組むことを目的として,強磁性から常磁性へ一次相転移する物質に着目した.一次相転移物質はキュリー温度でエントロピーが大きく変化するので大きな磁気熱量効果が期待できる.これはわれわれによって室温磁気冷凍材料の開発で実証されている.この一次相転移物質の種々の物性をコントロールするのが本研究の学術的な課題である.また,一次相転移はキュリー温度で体積が不連続に変化するので,繰り返し使用による形状劣化や性能劣化についても調べる必要がある. 今年度は昨年度から開始したLaFe12B6に加えて,新たに見出したGd化合物を中心とする物質探索を行った.また,大阪大学との共同研究で,遍歴電子メタ磁性を示すRCo2(R:希土類元素)やCo(SSe)2電子状態の計算を開始した.今年度は特にCo(SSe)2についての電子状態の結果および正常ホール係数に関する計算結果と実験結果の比較を行った.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度行った研究の結果は以下のとおりである. 1.昨年度に引き続き,LaFe12B6の周辺物質で磁気冷凍材料の探索を行った.昨年度,この試料の作製方法を確立したので,Feを別の遷移金属元素で置換して転移温度をコントロールすることを目指した.しかしながら,この物質の遍歴電子メタ磁性転移は非常に壊れやすく,他の元素を置換するとすぐに消失することがわかった. 2.そこで新しい物質を探索することにした.新たに文献調査したところ,あるGdnXm(n,mは整数,Xは元素名.特許出願の可能性があるので詳細は伏せる)が低温で反強磁性から強磁性へ一次相転移し,40 K付近で大きな磁気熱量効果を示すことが報告されていた.そこでこの物質の作製し,さらにXをYで一部置換した系を調べた.その結果Yを20%置換しても大きな磁気熱量効果は保たれており,それが最大となる温度は5%置換すると60 K付近, 20%置換すると120 K付近のように,Yの置換量とともに上昇することがわかった.一方でこの化合物の一次相転移は2~3 Kの温度ヒステリシスを伴うことも明らかになった. 3. 昨年度から開始したバンド計算については,今年度大阪大学産業科学研究所の協力を得て,CoS2の強磁性と常磁性の正常ホール係数の計算を行った.CoS2のSを少量のSeで置換すると系はキュリー温度で一次相転移を示すようになる.キュリー温度より上では遍歴電子メタ磁性が起こる.すなわち同じ温度で磁場によって強磁性状態と常磁性状態が現れるので,両方の物性の比較が容易になる.比較の結果,強磁性状態のホール係数は正で,その大きさも計算値と実験値はほぼ一致している.一方,常磁性状態では,計算は負の,実験は正の値を示すが,絶対値が非常に小さいことは共通している.
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今後の研究の推進方策 |
GdnXmは非常に有力な磁気冷凍材料の候補になると思われるので,この系の物質開発を中心に研究を進める.重要なポイントは反強磁性-強磁性転移温度(一次相転移の温度)のコントロールと熱ヒステリシスを減少させることである.前者はXを他元素で置換する方法が有効である.今のところXとして2種類の元素を試みているが,いずれも反強磁性-強磁性転移温度は上昇している.水素液化は20 Kなので反強磁性-強磁性転移温度を下げる必要がある.そのためにはGdをLaやLuなどの非磁性元素で置換することも効果的であると考えている.一方,熱ヒステリシスの改善については,まず熱ヒステリシスがこの系に本質的なものか,それとも結晶粒界や不純物相などによる外因性によるものかを見極めなければならない.後者であれば熱処理によって熱ヒステリシスが変化することが期待されるので,まずは種々の熱処理を試すことから始める.その上で熱処理によって変化がなければ,新たな元素置換を施すなどの対策を行う. 磁気冷凍材料には熱伝導度も重要な指標である.われわれは150 K~室温で測定可能な熱伝導度測定装置を有しており,現在その測定温度範囲を極低温まで拡大するための改良を行っている.この改良が済み次第磁気冷凍材料について測定を行う. 磁気冷凍材料候補物質のバンド計算については,すでにCo(SSe)2では成果が得られているので,論文にまとめて公表する.また,RCo2についてもバンド計算を行い,正常ホール効果の計算値と実験値比較を行っていく.
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次年度使用額が生じた理由 |
当該年度は夏にポーランドでCracow Colloquium on f-electron systemsの国際会議が予定されていて,それに出席し低温磁気冷凍材料について発表する計画であったが,新型コロナウイルスの世界的な流行のため,国際会議は中止になった.また,大学も緊急事態宣言によって一時期ほとんど実験が行えない状況であったので,液体ヘリウムの使用量が少なく,科研費からの移算も少なかった.こうしたことにより当該年度の使用額が減少した.一方であらたに見出した試料については,今後新しい置換元素や熱処理用消耗品などが多量に必要になってくると予想される.また,熱伝導測定や低温DSC測定のための実験装置の改良についても装置や部品が必要で,次年度はこれらに対して経費を使用する予定である.
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