高速低消費電力な磁気メモリMRAMは、物体検出と物体認識を行う人工知能への応用が期待されている。MRAMの記憶素子である磁気トンネル接合素子(MTJ素子)における電圧書き込み方式は、低消費電力書き込みを可能にする方式として注目を集めている。しかし従来の電圧書き込み方式では、MTJ素子に面内磁界を印加する必要があり、磁界印加のためのコンポーネントをメモリに設けるとその分メモリの集積度が落ちる問題があった。研究代表者は、面内磁界の印加が無くても電圧書き込みが可能な、コーン磁化状態をもつ楕円形状の記録層を持つMTJ素子を提案していたが、その素子の室温における書き込みの安定性の程度は不明であった。 令和3年度は、この面内磁界の印加が不要な電圧書き込み型のMTJ素子の、室温における書き込みエラー率のシミュレーション計算を行い、この結果についてQ1ジャーナルにおいて論文発表を行った。マクロスピンモデルによる計算では、体積48nm*20nm*3.14*1.1nmの記録層で10万分の1を切る書き込みエラー率となり、書き込みの安定性を担保し得ることがわかった。また、書き込みエラー率の低下のためには、電圧印加前の始状態の磁化の傾き角の制御が重要であることも明らかにした。 記録層内の磁化方向の不均一性が書き込みの安定性に及ぼす影響についても調査した。マイクロマグネティック・シミュレーションプログラムであるmumax3を用いて室温300 Kを仮定したシミュレーションを行ったところ、従来の面内磁界を印加する電圧書き込み方式と同様に、磁化方向の不均一性は書き込みの安定性を下げることがわかった。また、始状態の磁化の傾き角の制御は、磁化方向の不均一性があっても有効であることも明らかにした。
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