本研究では,手法の制限から評価領域も物理化学現象も異なる情報,すなわち,熱量測定法から得られるバルク水の結晶化挙動と界面水の振動スペクトル構造を比較・議論し続ける状況を打破するために,表面ナノ・メゾスケール領域の水の結晶化挙動をin-situで階層的且つ選択的に評価可能な振動分光装置を開発し,バルク水と界面水の結晶化挙動の直接的評価により,これまでになされてきた上述の議論・問いに対する明確な解答を導き出すことを目的とする。 最終年度となる本年度は,これまでに構築してきた近赤外・中赤外全反射吸収分光装置を用いて,高分子ブラシ内部のみの水構造を評価した。高分子ブラシは,超高圧条件下による表面開始原子移動ラジカル重合法により,70 nm,220 nm,1000 nm膜厚のブラシを調整した。近赤外および中赤外領域において,ブラシ内部のみの評価が可能であったのは,ブラシ膜厚 1000 nmのみであった。ブラシ中の近赤外領域の水のOH伸縮振動結合音は,当該高分子の遊離水溶液の濃度依存スペクトルの評価から,高分子ブラシの含水率は30重量%程度と見積もることができた。OH伸縮振動結合音の波形分離から水分子間水素結合の形態(単量体から五量体)について評価した。遊離高分子水溶液中とは明確に異なる形態変化が認められたが,それぞれの存在比と高分子ブラシ構造との間に明確な相関は明らかにできなかった。一方,水分子の回転運動に関する成分を含むOH伸縮振動と揺動振動の結合音は,高分子水溶液中よりもブラシ中の水の方が,相対的に弱いことが明らかになった。このことは,高分子鎖の一端が固体表面に固定化されていることで,高分子鎖の運動性が低下し,それらに水和した水分子の運動も抑制されていることを示している。
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