研究課題/領域番号 |
19K05269
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
豊田 智史 東北大学, 未来科学技術共同研究センター, 准教授 (20529656)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | シリコン半導体 / 金薄膜 / 表面・界面反応 / 光電子分光 / 深さ方向解析 / 最大エントロピー法 / 正則化法 / オペランド計測 |
研究実績の概要 |
Si半導体とAu金属は現代の情報化社会を支える基盤材料であり、常温常圧で互いに安定な物質であることは広く知られている。一方で、Au蒸着膜/Si基板界面を形成すると室温でも非常に不安定になってしまうという意外な事実もある。 本研究では、長年議論されてきた「Au薄膜/Si基板界面において界面拡散層は存在するのか?それとも、界面は急峻なのか?ならば、低温でSiO2が表面に析出するのは何故か?」という学術的な問いに答えるため、雰囲気制御X線光電子分光を用いた動態計測によりAu薄膜/Si基板の系に特有の界面反応の起源を明らかすることを目的とする。令和元年度は、雰囲気制御軟X線光電子分光の計測実験を遂行するとともに、高速スペクトル解析ソフトウェアの開発に注力した。 O2ガスおよびH2O雰囲気を導入しつつ、試料温度を室温から500度まで制御した軟X線光電子分光スペクトルデータを取得し、界面反応時のSi原子価の変化およびフェルミ端シフトに注目し、実験を進めた。Au-Si混合系は370°Cで共晶合金を形成するため、その転移温度を跨ぐことで、固体から溶融状態への変化に対応する急峻なケミカルシフトとその前駆状態での緩やかなフェルミ端シフトが観察された。これに加え、酸化物の結合状態や二次電子スペクトル変化にも注目することで、酸素の吸着構造や仕事関数変化もその反応ダイナミクスとして大きな役割を演じていることが分かった。さらに、相転移の前駆状態にて、角度分解光電子分光データを取得することで、Au薄膜の表面に一部Siが表面析出している現象を捉えることができ、深さ方向分布解析を実行するための基盤データの取得に成功した。また、高速スペクトル解析ソフトウェアの開発では、様々なタスクのオーバーヘッドを徹底的に削るようコーディングを工夫し、1秒あたり100本程度のスピードでピークフィッティングできることを示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
令和元年に計画していた実験は予定通り、大型放射光施設SPring-8のBL-23SUビームライン表面化学ステーションにて行った。本施設では雰囲気制御X線光電子分光計測を行うための実験設備が非常に良く整っており、放射光ビームの利用申請によって確保したマシンタイムに合わせて、シリコン基板上にAu蒸着膜が準備できれば実験できる。2019前期および後期ともに、順調にマシンタイムを確保することができ、真空チェンバー内へ雰囲気ガスを導入した際の昇温実験および深さ方向分布解析のための角度分解光電子分光計測まで遂行できた。実験が当初の計画通り順調に進んだため、H2Oガスの導入、Au薄膜表面に吸着した酸素分子の直接観察、二次電子カットオフスペクトルシフトによる仕事関数変化の計測など、難易度の高い実験に挑戦することができ、当初の計画には無かった新たな知見を次々と得ることもできた。 しかしながら、年度末に発生した新型コロナウィルスの活動自粛による影響で、令和2年度以降の放射光利用実験や今後の試料準備等に係る見通しが立っていない。そこで、計測実験のカウンターパートとして計画を立てている高速スペクトル解析などのソフトウェア技術に注力することに方針転向する。在宅ワークが推奨されることにより、開発プログラムの工数を見直す必要が出てきたことで、令和2年度に予定していた計画を早期に実施することとした。令和2年度では、正則化法とブートストラップ法を融合し、軟X~硬X線での角度分解法による深さ方向分布時系列解析を実現可能にすることを目標としており、開発手法を実験データに適用することでAu-Si拡散層の有無を解明を狙いとしている。令和2年度前半は令和元年度に得られた計測データを元に、深さ方向分布時系列解析プログラムを開発し、年度後半に実験を実施する計画とした。既に、解析プログラムの基本動作は検証まで完了している。
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今後の研究の推進方策 |
新型コロナウィルスによる活動自粛は、今後の研究の推進方策へ大きな影響を残すかもしれない。本研究活動は、放射光マシンタイムを利用した実験とPCを利用したシミュレーションに大別される。前者の実験はAu薄膜/Si基板試料作製に係る試行錯誤のプロセスが、そして、後者のシミュレーションには高効率なスペクトル解析ソフトウェアを開発するためのコーディングや数学的な逆問題をコンピュータ上で解くための精度検証プロセス、および、実験データとの検証プロセスなども含まれている。さらには、反応動態系を扱うには多元素・多層膜の深さ方向分布解析に対応させた汎用化も必須である。 現在までの進捗状況に記載した通り、当初の計画以上に研究は進展している。深さ方向解析シミュレーションの汎用化についても大幅に進んでおり、地球上の全ての天然元素と一部の人工元素に対応させた深さ方向分布時系列解析システムのグラフィカルユーザーインターフェースの開発に成功した成果について、令和元年度末の応用物理学会で発表した(新型コロナウィルスにより講演は中止)。 一方で、活動自粛が長期化する可能性も出てきたことから、令和3年度に計画していたシミュレーションに係る研究を前倒し実施することで、その課題の抽出を先んじて行う方策で研究を推進する。令和3年度には、レプリカ交換モンテカルロ法や非平衡系反応拡散方程式を取り込んだ解析を行い、それらのシミュレーションと計測データを同化させ、Au-Si界面の不安定性メカニズム解明へつなげることを計画している。これらは、物理現象に対応する汎用性を高めるアプローチである。イジング模型ベースのレプリカ交換モンテカルロ法、微分方程式ベースの非平衡系反応拡散方程式(流体解析が必要となればナビエ=ストークス方程式)の異なる2つの視点から、空間3次元と時間1次元に分解した多元素・多層膜の反応動態解析技術の確立をめざす。
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次年度使用額が生じた理由 |
計算資源(ハードウェア)の新規購入を予定し、物品費として計上していたが、研究代表者の異動に伴い研究実施場所が変更となったことから、物品費と旅費の内訳を当初の使用計画から変更した。令和元年度の研究開発としては、既存の計算資源を利活用することとし、ソフトウェアの開発に注力したため、実質的な進捗遅れは無い。次年度使用額分に回すことによって、開発状況に応じた的確な計算資源の導入による成果最大化をめざす。
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