研究課題
近年,新規強誘電体デバイスとしてメモリや太陽電池が提案され,その動作原理がバンド傾斜構造を用いて解釈されている。バンド傾斜する方向は電気分極向きに対応するため,電子の能動的な移動が制御可能なシステムとなる。しかしながら,分極由来のバンド傾斜は未だ実証されていないため,デバイスの完全設計には至っていない。申請者は先行研究において,強誘電体BaTiO3の内殻原子軌道が,電気分極由来の電界効果により物質深さ方向へエネルギーシフトすることを見出している。本研究では,分極向きが揃ったエピタキシャルな強誘電体酸化物薄膜をパルスレーザー堆積法により合成し,その試料に対し分極方向への深さスキャン可能な角度分解硬X線光電子分光実験によるバンド傾斜の直接観測を試みる。バンド傾斜観測に成功すれば,強誘電体の分極形成機構がバンド傾斜を特徴とする電子構造から解明でき,強誘電体中の特異な電子挙動を使ったメモリや太陽電池の精密設計が可能となる。初年度は強誘電体の特異な電子構造である傾斜したバンド構造を実証すべく,前準備として良質な単結晶薄膜の合成技術の確立,電場印加による分極スイッチングをさせながら角度分解光電子分光をするシステム構築を行った。いずれも順調に進みこれをベースにして本格測定に挑むことができた。in situで分極反転させることで,バンド傾斜構造も併せて正負角度を変える様子が観測することに成功した。これによって,これまで観測されていた内殻軌道のエネルギーシフトが電気分極由来であることを示すことができた。これらの成果は速やかに論文投稿し,Sci.Rep.に掲載が決定したところである。
1: 当初の計画以上に進展している
ドメイン構造を持たないエピタピシャル成長させた単結晶薄膜を,精度良く合成する手法をパルスレーザー堆積法により確立させることができた。これらはX線回折実験,ピエゾ応答顕微鏡(PFM),分極ヒステリシスループ観測になり裏付けされている。SPring-8での角度分解硬X線光電子分光実験については,ビームライン担当者との密な議論により装置の改良が施され,in situでの分極反転可能な測定系を構築することができた。深さ分解能の定量性については,非弾性平均自由行程(IMFP)の理論計算による算出がなされ,実験で得られたデータの妥当性については保証されたが,バンド傾斜のエネルギーシフトの定量性については,引き続き考察を続けている。ここまでの準備段階を経て実験で得られたデータは,速報としてSci. Rep.に投稿し今年度アクセプトされた。よって研究は当初の計画以上に進展していると判断した。
電気分極の大きさとバンド傾斜の相関,イオンごとに異なるバンド傾斜量について,ソフトモード構成原子かそうでないかの比較を行う。ペロブスカイト型酸化物強誘電体は,単純なイオン結晶ではなくイオン性と共有結合性が混在した系であることが知られている。共有結合性を考慮したBornの有効電荷は,ソフトモードの構成原子についてはイオン結晶で見積もる価数から大きなずれがある。イオン性と共有結合性のバランスが強誘電性の発現機構に影響を及ぼしていることは明らかであり,その効果はバンド傾斜を直接観測することで具体的に理解できるはずである。新型コロナの影響でSPring-8での実験が難しくなっているが,引き続き実験も行い,データ補完をしたい。
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