我々は、これまで生体関連分子を含む様々な分子の陽電子親和力の実験測定結果を再現するために、密度勾配を取り入れた相関分極ポテンシャルモデル理論を開発してきた。この手法では陽電子の受けるポテンシャルエネルギーは、陽電子が原子核と電子からそれぞれ受けるクーロン相互作用と密度汎関数法に基づく相関分極ポテンシャルの和で表される。しかしながら、実際の実験では、陽電子は振動励起した分子に一時的に束縛され、いわゆる共鳴状態を形成して、陽電子-電子の対消滅が起こることに注意する必要がある。すなわち、陽電子親和力の計算だけでなく、分子の振動励起状態の共鳴寿命を取り入れた消滅スペクトルの理論計算手法が必要である。そこで前述の相関分極ポテンシャルモデル法を利用して、時間に依存したフェルミの黄金律理論を使った陽電子共鳴幅の計算理論を新しく開発した。この理論を二硫化炭素、ベンゼン、クロロエテンなど、これまで実験結果のあるものに適用して、実験スペクトルと計算スペクトルの詳細な比較を行った。その結果我々が開発した振動共鳴理論が極めて有効であることを見出した。特に、分極率を変化させる振動モードが消滅スペクトルに極めて重要な役割をしていることが分かった。この理論を極性をもたないベンゼンおよびナフタレンの倍音振動励起にも適用し、実験で得られている消滅スペクトルの解釈に成功した。この場合でも分極率を変化させる振動モードの倍音が重要な役割をしていることを見出した。
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