研究課題/領域番号 |
19K05374
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研究機関 | 広島大学 |
研究代表者 |
山崎 勝義 広島大学, 先進理工系科学研究科(理), 教授 (90210385)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | レーザ分光法 / レーザ誘起発光法 / 2光子励起 / 真空紫外発光 / 電子消光 |
研究実績の概要 |
原子の発光検出法には真空紫外1光子励起法や紫外2光子励起法があるが,前者については真空紫外光の発生が容易ではなく,後者については赤外光の検出効率が低いという問題点がある。本研究は,紫外2光子励起後の発光検出波長を赤外域から真空紫外域に切り替えることで検出感度を向上し,原子・分子の衝突素過程の速度や分岐比測定の高精度化を目的としている。 本年度は交付申請書に記した研究実施計画に従って,検出対象をハロゲン原子に拡張し,臭素原子(Br)の紫外2光子励起真空紫外発光検出を試みた。Br原子の基底電子配置(4p5)の2つの電子状態(2P1/2, 2P3/2)から紫外レーザ光(250~280 nm)により電子配置4p45pに2光子励起し,赤外発光または他分子との衝突により電子配置4p44dまたは4p45sに移行したのち基底電子配置に光学遷移する際の真空紫外発光(125~163 nm)を光電子増倍管により検出した。 Br原子はブロモホルム(CHBr3)の紫外光解離により生成したが,Br原子検出に利用したレーザ光によりCHBr3が効率よく解離することを利用し,レーザ1パルス内でCHBr3の光解離とBr原子の検出を行うone-colorモードで実験を行った。 Br原子の電子配置4p45pには13の電子状態があるが,ハロゲン原子はスピン-軌道相互作用が大きいため,前年度まで対象とした酸素および硫黄原子よりも遷移の選択則が緩和され,基底電子配置(4p5)と励起電子配置(4p45p)の間には25本の2光子許容遷移がある(1本のみ禁制)。25本の許容遷移すべてについて検出を試みたところ,20本の検出に成功した。真空紫外発光を検出できなかった5本の遷移については,4p45p → 4p45sの赤外発光も検出できず,また,すべてスピン多重度が異なる遷移であることから,2光子励起効率が低いことが原因と結論した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度に酸素原子の新規検出法として紫外2光子励起真空紫外発光検出に成功し,2光子励起状態のArによる総括消光速度定数の測定を行った。第2年度は消光分子をHeおよびN2に拡張し,それぞれの総括消光速度定数を測定し,He, Ar, N2の消光効率比が1:9:260であることを見出した。さらに,時間分解真空紫外発光の消光分子(He, N2)圧依存性から,2光子励起状態2p33p 3Pから2p33s 3S状態への状態選択的消光過程の分岐比が消光分子に依存せずほぼ20 %であることを見出し,成果をまとめた論文を学術誌に発表した。本年度は,対象をハロゲン原子に拡張し,臭素原子(Br)の2光子励起真空紫外発光検出を試みた。当初は,ブロモホルム(CHBr3)をエキシマーレーザで解離してBr原子を生成する予定であったが,色素レーザのみで十分な量のBr原子が生成することが判明したため,解離および検出を色素レーザのみで行うone-colorモードによる実験に切り替えることができ,実験の準備および設定の単純化を実現できた。 ハロゲン原子はスピン-軌道相互作用による分裂が大きく,2光子許容遷移数が25本にのぼるが,すべての遷移について網羅的観測を試み,20本の遷移の観測に成功した。Br原子の2光子励起真空紫外発光検出として初めての成功例であり,周到な計画と準備の成果といえる。また,未検出の5本の遷移については赤外発光検出を試み,検出できない要因を明らかにした点も顕著な成果である。 交付申請書の研究目的に掲げた内容をほぼ実現できたことから,「おおむね順調に進展している」と評価した。
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今後の研究の推進方策 |
1. 計画調書に記した研究期間後半の計画に従って,Br原子の2光子励起状態のHeやN2による消光速度定数および輻射寿命の測定を行う。研究期間前半に対象とした酸素原子(O)は2光子励起状態が1つしかないが,Br原子では,電子配置4p45pに13の電子状態がある。他分子との衝突により,13の電子状態間での移動が生じると,異なる時定数をもつ真空紫外発光を重複して観測することにより解析が複雑になるが,分光器を用いて波長選択的に時間分解赤外発光の測定を行い,単一励起状態の消光速度定数と輻射寿命を決定する。 2. 他のハロゲン原子として塩素原子(Cl)の2光子励起真空紫外発光検出を試みる。ハロゲン原子は類似の電子構造を有しており,Cl原子の基底電子配置3p4には2つの電子状態(2P1/2, 2P3/2)がある。また,2光子励起電子配置3p44pには,Br原子と同様に13の電子状態があり,2光子許容遷移は25本である。Cl原子はクロロホルム(CHCl3)の光解離により生成する。Cl原子の2光子励起波長は234 nmであるが,同波長でのCHCl3の吸光係数は小さく,one-colorモードでの実験が困難であると予想されるので,CHCl3の解離には現有のArFエキシマーレーザ光(193 nm)を用いてtwo-colorモードにより実験を行う。また,真空紫外発光波長は139 nmであるが,同波長のバンドパスフィルタは準備済みである。 3. 発光強度の経時変化解析において,励起レーザの照射時間幅(約10 ns)が発光寿命に比べて無視できず,単一指数解析できない場合でも,独自に開発したProfile積分法を利用すれば,速度定数を精度よく決定することができる。得られた成果は,学会,学術雑誌,および研究グループのwebサイト上で速やかに発表・公表する。
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備考 |
広島大学学術情報リポジトリで公開している「物理化学Monographシリーズ」(29タイトル)は,公開以来のダウンロード数が約50万件に達し,学内外から有益な無料テキストとして高く評価されている。
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