研究課題/領域番号 |
19K05376
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研究機関 | 神奈川大学 |
研究代表者 |
河合 明雄 神奈川大学, 理学部, 教授 (50262259)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 時間分解ESR / パルスESR / フラーレン / ラジカル付加反応 / スピン分極 / 反応速度定数 |
研究実績の概要 |
グラフト重合や光重合、ラジカル阻害剤などの評価においては、ラジカル反応の素反応速度定数を正しく知ることが重要である。しかし、汎用性モノマーへのラジカル反応速度定数は10の6~9乗 M-1s-1と大きいため、速度定数の計測には高時間分解能の測定技術が必要である。これまで我々は、オレフィン類に対するラジカルの付加反応について、その素反応過程に対する、Electron Spin Echo (ESE)法を用いた速度定数決定法を開拓してきた。この方法では、パルスマイクロ波照射に伴って発生するESE信号の減衰速度を、オレフィン濃度に対して解析することで速度定数を得る。しかしながら、すべてのラジカルがESE信号を発生するわけではなく、そのようなラジカルではESE法による速度定数決定は難しい。本研究では、この問題を解決するために、ESE以外の信号であるFree Induction decay (FID)信号に着目した。 FID信号は、ラジカルのもつ磁化に比例するため、Inversion Recovery (IvR) 観測によって縦緩和時間測定に用いられる。IvR測定では、磁化をπパルスで反転させる。磁化が熱分布に戻る過程を測定することで、緩和時間を得る。このような測定を行う対象にオレフィンなどが含まれると、ラジカルとの反応によって磁化が消失する過程が加わり、これを解析することで速度定数を得ることができる。このような観測では低感度の問題があるため、その克服のため光誘起のスピン分極を利用する。この技法を用いることで、いくつかの炭素中心ラジカルやリン中心ラジカルが様々な種類のオレフィン類と反応する系での反応速度定数を決定する研究を行なっている。 上述の測定技術開拓と並行して、これまで信頼できる速度定数を得ることが難しかったフラーレンやその誘導体に対し、従前のESE法を応用した速度定数決定に成功している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2年目は、ラジカルのFIDを利用した反応速度定数決定の実践を中心に研究を行なっている。具体的には、HydroxyCyclohexyl(Hy-CyH)ラジカルに対し、IvR法で縦緩和時間を測定し、その減衰時間を、反応性の高いオレフィンであるDiethylfumarate (deF)の濃度を変えて測定した。減衰時間はdeF濃度に依存して短くなることが分かり、Stern-Volmer解析の手法によって解析を行なうことで、ラジカルのdeFへの付加反応速度定数を決定することに成功した。このように、IvR法により得られた速度定数は、以前私どもがスピンエコー信号をモニターして測定した速度定数と一致した。これより、IvR法がラジカル付加反応速度定数を決めるための新規測定法として有用であると結論した。 次に、これまでスピンエコー法では信号が微弱で速度定数計測が困難であったジオキサン(Diox)ラジカルに対し、FIDをモニターするIvR法を適用し、速度定数決定を試みた。deFの濃度に対して縦緩和時間の変化をS-V解析することで、速度定数を決定することができた。これよりIvR法は、スピンエコー法が適用できない系においてもラジカルの速度定数を決定できる方法として利用価値があると結論した。 以上2点に基づき、本研究の大きな目標のひとつは達成できたと考えている。なお、当該年度では、新型コロナウィルスの感染対策のため、実験作業が大幅に制限されることとなった。そのため、測定実験は研究の本質にとって必要な最低限にとどめ、反応速度の解釈に必要な量子化学的手法を用いた理論計算の利用、データ解析法の改良などの作業に時間を割いた。これらの作業のため、研究補助やその支援に対する人件費を、当初の予定よりも多く配分することとなった。
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今後の研究の推進方策 |
FIDをモニターして反応速度定数をもとめる新しい方法論を開拓することができたので、最終年度はこの方法の改良と更なる発展をめざす。FIDをモニターする方法は、スピンエコー法と並んで有用であることは確かであるが、先行しているスピンエコー法に比べ、どのような利点があるかが明確ではない。また、FID法の開拓を通して、従前のスピンエコー法の利点・欠点も見えてくると考えられる。 最終年度は、新型コロナ対策が進展するであろう世情から考え、実験時間を多めに確保できると期待している。従って、FID法が汎用性をもつ測定法であることを示すために、広範な反応試薬とラジカルの系を対象に速度定数決定を行なう。また、IvR法のみがFIDを利用した測定法ではないと思われるため、FIDを利用したより単純な測定法および解析法の開拓を目指す。具体的には、FIDをラジカルのスピン分極時間変化の計測に利用し、スピン分極の時間変化に対する反応試薬添加の効果を解析する方法で、速度定数決定を行なう。この方法によれば、ベンジルラジカルのようなこれまでのパルスESRを用いた方法では速度定数を決定できなかった系でも速度定数を得られる可能性がある。 並行して、量子化学的手法による遷移状態エネルギーの算出と、それらの値と実験で決定した速度定数との間の相関を考察することで、ラジカル付加反応の機構について知見を得ることも目指す。特に、フラーレンやスチレン、アクリル酸など、汎用性の高い試薬に対し、本研究が提供する信頼性の高い速度定数に基づいた反応の理論的解釈を行なう予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナ感染対策により、実験研究の時間が大幅に削減された。これに伴い、研究時間に対する実験時間を抑制し、その代わりに人件費を用いた情報収集、計算化学的な手法による研究に時間をさいた。そのため、試薬や実験機器などの実験経費が予定よりも小額となった。一方で、人件費については、当初予定よりも多く使用している。旅費については、出張が制限されたため、ほとんど使用できなかった。これらの要因の結果、年度予算に対して未使用金が生じた。 最終年は、実験経費を増やせると予想している。また、計算化学的手法による研究展開を進めるため、人件費は多めに使用する予定である。
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