本研究では、光重合、ラジカル阻害反応など、ラジカルが関わる重要な化学反応について、その素反応過程に対する速度定数を精密に測定し、反応機構を正確に理解することを目指した。一般にラジカル反応は高速なため、速度定数測定では高い時間分解能を備えた技術が必要である。そこで本研究では、パルスESRを用いたElectron Spin Echo 法などによる速度定数決定法を検討し、これらの方法を改良しながら適用してきた。 最終年度は、速度定数測定技術の高度化を目指し、(1)ラジカル付加反応の第2ステップに対する速度定数決定や、(2)特殊反応環境下での計測を行った。(1)の対象としては、ラジカル阻害剤であるフラーレンを選び、ラジカルがフラーレンに付加したフラーレンラジカルが、さらに他のフラーレンと反応する機構の解明を行った。時間分解ESR測定からフラーレンラジカルの生成を立証し、次いでフラーレンラジカル信号をモニタしながら速度定数測定を行った。フラーレンラジカルは、反応にあずかる不対電子がフラーレンのπ電子系に広がって反応速度が遅い可能性があった。しかし、計測結果は拡散律速の速度定数に近く、反応性が高いことが分かった。今後は、このフラーレンラジカルの高い反応性がフラーレンのラジカル阻害能にどう影響するか解明する必要がある。 (2)では、新規溶媒として注目されるイオン液体を対象に、その中でのラジカル阻害反応の解明に取り組んだ。時間分解ESR法を用い、イオン液体中でフラーレン誘導体がラジカルと反応する過程を観測したところ、ラジカルが付加したフラーレンラジカルの生成が示された。このことは、イオン液体中でもラジカル付加が進むことを表す。一方、フラーレンラジカルのスペクトルからは、イオン液体中の溶媒和に特殊な機構の関与が示唆され、今後の研究解明が必要である。
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