研究課題
昨今の省エネルギー化の要請は摩擦にまで波及し、摩擦界面での化学反応が重要性を増している。近年、摩擦界面で誘起される化学反応により、nm厚さの潤滑フィルムが摩擦界面に自己形成し、低摩擦を発現することが認識されている。このフィルムは摩耗と自己修復を繰り返し、nm厚さを維持することが見出されているが、詳細なメカニズムは未解明である。そこで本研究では分子動力学法に基づく摩擦シミュレーションから、潤滑フィルムの自己形成と自己修復の化学反応ダイナミクスを明らかにし、低摩擦技術に向けた摩擦界面設計の学理を構築することを目的とする。本年度は、これまでの成果を論文として公表するとともに、水中で超低摩擦を発現するSiCを対象に摩擦界面で自己形成する潤滑フィルム構造の解析を行なった。反応分子動力学法(反応MD)に基づく摩擦シミュレーションから、SiCと水が摩擦界面で反応することで、液体潤滑剤として働くコロイダルシリカ層と、水やコロイダルシリカ層を界面に保持するシリカ水和層、低摩擦コーティングとして働く炭素層が摩擦界面に自己形成することが明らかになった。本年度はさらに、低摩擦コーティングとして使用されている、ダイヤモンドライクカーボンの摩擦シミュレーション解析を行った。反応MDに基づく摩擦シミュレーションの結果、DLCの摩擦界面では炭化水素分子の生成による摩耗と、相手面に凝着することで起こる摩耗の2種類の摩耗が誘起されること、水素雰囲気中では炭化水素生成による摩耗が増加し、凝着による摩耗が減少する一連の化学反応ダイナミクスが明らかになった。さらに、これらの摩耗に化学反応速度論を適用し、摩耗量の理論式を構築した。また、これまでの摩擦シミュレーション技術を機械化学研磨における摩擦誘起化学反応の解析へと展開し、GaNの研磨を促進する摩擦界面での化学反応ダイナミクスを明らかにした。
2: おおむね順調に進展している
本年度は大規模解析が可能な反応分子動力学法(反応MD)を用いて、水中でのSiCの摩擦シミュレーションを行い、潤滑フィルムの自己形成メカニズムと構造解析を行った。その結果、摩擦界面では力学的にSiCと水の化学反応が誘起され、Si原子が優先的に酸化されることでSiO2摩耗粉が形成された。SiO2摩耗粉は水に溶けることで、コロイダルシリカが摩擦界面に自己形成した。また、SiO2摩耗粉の一部は表面に堆積することで、シリカ水和層が自己形成した。一方、C原子はSiC表面に残存し、表面に炭素層が自己形成した。コロイダルシリカは面圧が低い領域において、潤滑剤の役割をはたし、シリカ水和層はその高い親水性によって水やコロイダルシリカ層を界面に保持し、耐荷重性を向上する。炭素層は低摩擦コーティングとして知られているダイヤモンドライクカーボンと同様に低摩擦をもたらすコーティングとして働くと考えられる。また、低摩擦コーティングとして使われているダイヤモンドライクカーボンの解析も行った。反応MDによるDLCの摩擦シミュレーションの結果、炭化水素の放出による化学摩耗と、相手面に凝着することで起こる凝着摩耗が起こることがわかった。DLCの摩擦・摩耗特性に大きく影響することが知られている、水素ガス雰囲気の中で摩擦シミュレーションを行ったところ、水素ガスがDLC中のC-C結合の切断を促進することで、炭化水素分子の生成による摩耗が増加する一方、DLC表面に解離吸着した水素分子が凝着を防ぐことで、凝着摩耗が抑制されることが明らかになった。また、これらの摩耗に化学反応速度論を適用し、摩耗量の理論式を構築した。さらに、摩擦シミュレーション技術を機械化学研磨における摩擦誘起化学反応の解析へと展開し、GaNの研磨を促進する摩擦界面での化学反応ダイナミクスを明らかにした。
今年度までに、摩擦界面で誘起される化学反応ダイナミクスと、潤滑フィルムの自己形成メカニズムを明らかにした。今後は、これまでの解析結果をもとに、潤滑フィルムの自己修復過程に取り組む。引き続き、ケイ素系セラミックスの超低摩擦現象を中心に解析を進めていく。具体的には、摩擦シミュレーションモデルを大規模化することで、摩滅しない十分な大きさの摺動材料モデルを用いるとともに、摩耗粉が摩擦界面から排出されるための十分な空間を設ける。これにより、潤滑フィルムの摩耗、摩耗粉の排出、摩耗後の自己修復過程を解析する。特に、摩擦界面において原子がどのように拡散し、潤滑フィルムの摩耗と自己修復という代謝が繰り返されるかを明らかにする。
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すべて 雑誌論文 (4件) (うち国際共著 2件、 査読あり 4件、 オープンアクセス 1件) 備考 (1件)
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