研究課題/領域番号 |
19K05393
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研究機関 | 同志社大学 |
研究代表者 |
遠藤 太佳嗣 同志社大学, 理工学部, 准教授 (50743837)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | イオン液体 / 融点 / 融解エントロピー / コンフォメーション |
研究実績の概要 |
本研究では、イオン液体の低融点の原因を明らかにするべく、イオン液体の配座エントロピーを見積もることを目的としている。主に、計算化学的手法と実験化学的手法の2つのアプローチを行っている。 計算化学的手法:まず、最も一般的な1-alkyl-3-methylimidazolium([Cnmim]+)系のイオン液体を対象とし、その量子化学計算を行った。量子化学計算では、イオン液体のコンフォメーションを、充分な精度かつ、第一原理分子軌道法よりも安価なレベルで調査するべく、密度汎関数法の汎関数の種類の検討から行った。その結果、分散力をGD3で補正したB3LYPが最も適切であることが分かった。この汎関数を用いて、気相中で[Cnmim]+(n = 2-6)の考えられる安定なコンフォメーションを全て計算し、その挙動を調査した。化学的に結合したアルキル鎖とイミダゾリウム環の間では、空間的に、引力・斥力両方の相互作用が働き、コンフォメーションの安定化を複雑にしていることが分かった。結果として、[Cnmim]+の配座エントロピーは、単純な分子力学的な予測よりも低く見積もられた。なお、以上の結果はBull. Chem. Soc. Jpn.に受理された。 実験化学的手法:イオン液体のコンフォメーションは、Raman分光法によってよく調べられている。そこでまず、温度変調器(株式会社ビックスVPE35-12-40S)を購入・改良し、研究室に設置されているRaman分光計(自作)に組み込んで、10℃~100℃の温度範囲でRamanスペクトルを測定できるシステムを開発した。この装置を用いて、温度を変化させた[Cnmim]BF4のRamanスペクトルを測定した。Ramanスペクトルの波形解析から、[Cnmim]+のコンフォメーションの安定性は、量子化学計算の結果と矛盾しないことを確かめた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
計算化学的手法と実験化学的手法の2つのアプローチで研究を進めており、それぞれの進捗状況を述べる。 計算化学的手法:当初の計画よりもやや順調に進展している。その根拠の一つは、量子化学計算を用いた計算機実験が順調に進み、【研究実績の概要】で述べたような結果が出ていることである。この成果は既に論文としてまとめることができ、かつ、その論文は既に査読付き英文雑誌(Bull Chem Soc. Jpn.)に受理されている。一方、量子化学計算では、計算精度は良いものの、基本的に気相中でのコンフォメーションしか評価が出来ない。そのため、凝縮相での計算が可能な、分子動力学計算も当初の予定通り進めている。分子動力学計算では、その結果はどのような原子間相互作用(力場)を設定するかに大きく依存するが、既にその検討はおおよそ終了している。予備的な計算結果もいくつか出ており、順調に結果を出していけるものと考えている。これらを総合し、計画以上の進展と自己評価している。 実験化学的手法:こちらは、おおよそ計画通りといってよいと考えられる。その理由は、まず、Ramanスペクトルを温度を変えて測定できるシステムを確立した点が挙げられる。更に、その装置を用いて、典型的なイオン液体[Cnmim]BF4 (n = 2-6)の測定・解析も行っている。懸念すべきこととしては、Ramanスペクトルの解析が、予想以上に複雑であり、あまり定量的な議論が出来ないことが分かったことである。そこで、実験的手法は、NMR分光法及び熱力学的な手法も検討しながら進めている。
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今後の研究の推進方策 |
こちらも、計算化学的手法と実験化学的手法のそれぞれのアプローチについて、今後の推進方策を述べる。 計算化学的手法:分子動力学計算をするための、力場の検討、及び、予備的な計算・解析は既に終わっている。今後は、[Cnmim]+系のイオン液体を対象とし、そのアルキル鎖長や、アニオン種等々を変化させて計算を行い、実際に配座エントロピーを見積もっていく。分子動力学計算については、問題なく進められると考えている。 実験化学的手法:今後は、Raman分光法に加えて、NMR分光法及び熱力学的な手法を精力的に進めていく考えである。NMR分光法では主にJ結合(C-H結合、H-H結合)の解析によりコンフォメーションの分布を見ていく予定である。NOE測定(H-H)や化学シフト(C, H)の変化も、併せて観察する。アルキル鎖がある程度長くなると、ピークの重なりが顕著になり、解析が困難になると思われるが、ブチル基もしくはペンチル基までは、解析可能と考えている。また、剛直なイオン液体の融解エントロピーを調べたところ、構造やイオン種が異なっても、いくつかのデータでは、融解エントロピーはそれほど変わらないことを発見した。そこで、今後は、熱力学的なアプローチとして、配座異性体をもたない剛直なイオン液体を合成し、その熱測定から、融解エントロピーを求めていく。配座異性体をもつイオン液体の融解エントロピーとの差から、間接的に、融解における配座エントロピーの変化を見積もることを計画している。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究費の利用については、おおよそ計画通りに進めたつもりだが、昨年度末の時点で、4,716円、まだ使用できる助成金が残っていた。今後必要となる試薬・消耗品を購入しても良かったが、金額を合わせるために、優先度のあまり高くない試薬・消耗品が購入されるよりも、次年度(今年度)に残額を回し、優先度の高い試薬・消耗品の購入に充てた方が良いと考えたため、次年度使用額が生じた結果となった。
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