最終年度は、題目にもある「構造多様性探索」という観点から、これまでの研究で用いてきたテトラチアフルバレン(TTF)以外のπ電子骨格に着目し、π電子-水素連動型有機伝導体の開発に取り組んだ。具体的には、芳香族炭化水素であるピレンに水素結合性官能基であるヒドロキシ基やカルボキシ基が結合したπ共役系ドナー分子を用いて、各種アクセプター分子やアニオン分子との電荷移動錯体の作成を試みた。その結果、4種類の新規電荷移動錯体を得ることに成功し、X線回折により結晶中における分子の構造、配列、分子間相互作用、そして電子状態を明らかにすることができた。 得られた錯体はいずれもそれほど大きな電荷移動度は有していなかったが、ドナー・アクセプターからなるπ積層カラム構造を形成しており、カラム間には水素結合が存在していた。興味深いことに、ヒドロキシピレンとある有機アクセプター分子からなる錯体では、水素結合部の分極が結晶全体で一方向にそろっており、極性結晶であることが分かった。この水素結合は非対称的であり、従来の水素結合系の極性結晶とは異なっている。これまでとは異なるタイプの水素結合性強誘電体として振る舞う可能性があり興味深い。さらにプロトンとπ電子の連動による電子構造変化、伝導性・磁性・誘電性変化についても期待でき、今後さらなる研究を行っていく予定である。 本研究では、有機分子の構造多様性・自由度を活用することで、様々なπ電子-水素連動型有機伝導体を開発し、π電子と水素の共存・連動に基づく特異な分子配列、電子状態の創出ならびにそれらの多様性の開拓に成功した。特に、プロトン脱離によるバンドフィリング制御の可能性を見いだすことができたのは大変画期的である。未だ発展途上である「π電子-水素連動型有機伝導体」について多くの重要な知見を得ることができ、今後のさらなる発展・展開が大いに期待できる。
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