研究実績の概要 |
本研究課題では『1分子でトランジスタ機能を有する化合物を、どのように量子化学理論に立脚しデザインするか』という観点から、『開殻電子状態を有する錯体に着目し、スピン状態などにより電気伝導度が大きく異なるような分子を理論設計する』ことを目的とした。その達成のために、(1)実在する錯体おいて、スピン多重度などを変えた時の伝導性の変化を量子化学計算により明らかにし、(2)『分子構造・スピン・電子状態と電気伝導性』の関係性を分子軌道レベルで解明することにより、錯体による1分子トランジスタの設計指針を構築する。そして(3)具体的な錯体を提案し予想される物性値を示す、の3点を遂行することを目標とした。 最終年度である令和3年度では、実在系での外部刺激によるスピン状態や電子状態の制御という視点で研究を進めた。現状では単分子の測定は難しい部分もあることから、現実的な系として複数の分子が組み合わさった系や巨大分子系に着目した。中でも、Ru2核錯体とTCNQ誘導体が組み合わさった多孔性化合物系において、有意な成果が得られた。実験により、CO2を吸蔵すると、化合物の磁性変化することが明らかとなったが、その原因がCO2とRu2核サイトとの軌道相互作用による電子移動であることを共同研究により示した。また、生体内に存在する鉄硫黄クラスターが、水素結合により酸化状態を変化させることも示した。これらの電子状態変化により伝導性も変化することが予想され、磁場などの外場刺激だけではなく、化学的刺激においても電子状態と物性とを変化させられる可能性が示された。つまり、化学刺激により単分子トランジスタを動作させる、分子センサーの可能性を意味している。上記の結果に関しては、それぞれ英文論文誌上梓した(Nature Chemistry, 2021, 13, 191; Molecules 2021, 26, 6129)。
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