研究課題/領域番号 |
19K05406
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研究機関 | 愛媛大学 |
研究代表者 |
白旗 崇 愛媛大学, 理工学研究科(工学系), 准教授 (40360565)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 分子性導体 / 超伝導体 / キラル / 電子供与体 / テトラチアフルバレン |
研究実績の概要 |
本研究では、立体反発を利用して分子性導体のバンド幅を制御することを目的の一つとしている。2020年度はキラルなジメチルエチレンジチオ基が置換したDT-TTF誘導体の研究に取り組んだ。目的とするドナー分子(S,S-およびR,R-誘導体)は市販品から計10段階で合成することができた。新たに合成したドナー分子はいずれも溶解度が悪く、円二色性スペクトル(CD)測定による分光学的性質の調査ができなかった。一方、目的化合物のキラルな前駆体のCDスペクトルにおいて、S,S-およびR,R-誘導体は互いに対となる正負のCDピークを示した。これに対して、rac-体ではCDピークは観測されなかった。したがって、新たに合成したドナー分子はキラリティーを有する立体構造を持つことが示唆された。 新規ドナー分子のカチオンラジカル塩を、電解結晶化法によって作製した。(S,S)-および(R,R)-誘導体のAsF6塩は互いに同型であり、前年度に得られたrac-誘導体のPF6塩とほぼ同じ分子配列を有している。rac-誘導体のPF6塩は空間群P-1で結晶化しているに対して、(S,S)-および(R,R)-誘導体のAsF6塩は空間群P1で結晶化している。分子のキラリティーが反映され、反転対称性を持たない空間群で結晶化していることを明らかにした。バンド計算によると、キラルなドナー分子のAsF6塩は、rac-体のPF6塩同様にMott絶縁体であることが示唆された。しかしながら、約10 Kまで金属的な挙動を示した。この要因について現在調査している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
キラルなジメチルエチレンジチオ基が置換したDT-TTF誘導体((S,S)-, (R,R)-体)を計画通り合成することに成功し、キラリティーの有無を円二色性スペクトル(CD)測定による分光学的性質の調査により検討した。しかし、合成したドナー分子はいずれも溶解度が悪いため、溶媒自身の吸収による影響を受けない適切な溶媒が見つからなかった。そこで、不斉部位が反応に関与しないキラルな前駆体を用いてCD測定を行った。その結果、S,S-およびR,R-誘導体は互いに対を成す正負のCDピークを示した。一方、rac-体ではCDピークは観測されなかった。したがって、新規ドナーの(S,S)-および(R,R)-誘導体も分子設計通りの立体構造を持つことが示唆された。 (S,S)-および(R,R)-誘導体のAsF6塩は結晶構造解析の結果、反転対称性を持たない空間群P1で結晶化していることを明らかにした。ドナー分子の配列様式はいずれもrac-体のPF6塩と類似しており、バンド計算からMott絶縁体であることが推測された。しかしながら、(S,S)-誘導体のAsF6塩は10 Kまで金属的な振る舞いを示した。結晶構造から推測される物性と伝導性の不一致はrac-体のPF6塩でも見られている。この原因を調査するために磁気測定の実験をする予定であったが、コロナ禍の事情で共通機器の利用ができなくなった。 コロナ禍の影響を受けない研究として、ジメチルエチレンジチオ基を有するTSF誘導体を合成した。当初計画になかった分子を新たに設計して合成することに成功していることで当初の計画以上の進展が見られた。現在のところ得られた化合物はアキラルなmeso-体のみであるが、ジメチルエチレンジチオ基の立体反発を利用したバンド幅の制御は可能である。現在、ラジカルカチオン塩の単結晶化を検討中である。
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今後の研究の推進方策 |
2020年度はキラルなジメチルエチレンジチオ基が置換したDT-TTF誘導体((S,S)-, (R,R)-体)のラジカルカチオン塩の結晶化を検討したが、単結晶の質が充分ではない。2021年度は引き続きこれらのドナーのラジカルカチオン塩の結晶作製を検討し、その構造と物性を調査することで、有機超伝導体の開発を目指す。これまでに得られた物質において、伝導性と計算されたバンド構造に矛盾が生じている。この問題を解決するための取り組みを引き続き行う。具体的には、共通機器を利用して磁性を調べ電子構造の知見を得る予定であるが、コロナ禍の制限を考慮しつつ柔軟に対応する。また、ジメチルエチレンジチオ基を有するTSF誘導体のラジカルカチオン塩の単結晶化に取り組む。TSF誘導体を成分とする超伝導体では磁性アニオンに局在するdスピンと遍歴π電子の間の相互作用に基づく特異な物性も見いだされている。磁性アニオンを対イオンとする塩の作製を行い、良質な単結晶を用いた物性測定を検討する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
2020年度はコロナ禍の制限のため多くの学会がオンライン開催となった。また、出張の制限も重なり共同利用機器を利用する機会も少なかった。今年度も引き続き出張の機会が少なくなると考えられるため、旅費として計上していた経費を有機合成や結晶作製に必要な試薬の購入に充てる計画である。特に貴金属を含む対アニオンの支持電解質の合成には高額な試薬が必要であるため、これまでは積極的に利用していなかった。最終年度は受給した助成金をこのような経費に有効活用して、新規なドナー分子を成分とする分子性導体の開発を行う。特にキラルな分子を合成して、反転対称性が欠如した有機超伝導体の開発を目指す計画である。
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