研究実績の概要 |
本研究では、立体反発を利用して分子性導体のバンド幅を制御することを目的の一つとしている。2021年度はジメチルエチレンジチオ基が置換したTTP誘導体の研究に取り組んだ。目的とするキラルなドナー分子(S,S-およびR,R-誘導体、計6分子)およびアキラルなドナー分子(meso-誘導体、計3分子)は市販品から計17-19段階で合成することができた。合成した新規TTP誘導体は4対の可逆な1電子酸化還元波を示した。第1酸化還元電位は-0.01 - +0.07 V vs Fc/Fc+であり、置換基(H, Me, SMe)の影響を受ける。一方、不斉炭素の立体構造の違いによって、酸化還元電位は変化しない。 電解酸化法を用いて新規TTPドナー分子のカチオンラジカル塩の作製を検討し、8種類のドナー分子を成分とする15種類の導電性カチオンラジカル塩の作製に成功した。(S,S)-および(R,R)-誘導体のカチオンラジカル塩は、ドナー分子のキラリティーが反映され、反転対称性を持たない空間群(P1やC2)で結晶化していることを明らかにした。一方、meso-誘導体のカチオンラジカル塩は反転対称性を有する空間群で結晶化している。いずれの塩も良好な伝導性を示し、ドナー分子の配列様式にしたがって様々な伝導挙動を示した。例えば、単位格子内に立体交差した二つのβ型ドナー層を有するカチオンラジカル塩は50 K付近まで金属的な振る舞いを示した後でわずかに抵抗率が上昇した。一方、単位格子内に一つのβ型ドナー層を有するラジカルカチオン塩は2 Kまで金属的な振る舞いを保持した。キラルな分子性導体において、常圧で極低温まで金属的な挙動を保持する物質はまれであるが、TTP系分子性導体の特徴を利用することで多くの分子性金属を創成できることを明らかにした。
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