研究課題/領域番号 |
19K05414
|
研究機関 | 国立研究開発法人産業技術総合研究所 |
研究代表者 |
朝倉 大輔 国立研究開発法人産業技術総合研究所, エネルギー・環境領域, 主任研究員 (80435619)
|
研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
|
キーワード | リチウムイオン電池 / 電極材料 / 電子状態 / X線分光 / 酸化還元電位 |
研究実績の概要 |
本研究では、放射光X線分光等の高エネルギー分光を駆使して、リチウムイオン電池(LIB)等の二次電池電極材料の電子状態と充放電電位・電極性能との相関の解明に取り組んでいる。従来電極材料への適用事例が極めて少ない軟X線発光分光や共鳴光電子分光(RPES)などを積極的に用いて、電極材料の価電子帯、および伝導帯を元素選択的・電子軌道選択的に明らかにする点が本研究の特色となっている。価電子帯の上端と伝導帯の下端のエネルギー位置は酸化還元電位に直接関係しており、様々な電極材料についてそのエネルギー位置を系統的に調べることで、例えば新規な高電位正極材料の開発に資する知見が得られると期待される。 2019年度においては、負極材料のLi4Ti5O12(LTO)とリン酸系材料のLiTi2(PO4)3(LTP)に対して、放射光施設にて軟X線吸収分光(XAS)とRPESを行って、Ti 3d電子状態を詳しく調べ、電子構造と酸化還元電位との関係性を明らかにした。伝導帯側の情報を得られるXASにおいては、相対的に酸化還元電位の高いLTPの方が吸収端のエネルギーが高く、電気化学的な情報と一致する結果を得ることができた。Ti 3d軌道の価電子帯側の情報を得られるRPESからは、LTPの方がTi 3d-O 2pの軌道混成が弱いことが明らかになった。以上のように、Ti系の電極材料に対する電子構造の詳しい知見を得ることに成功した。スペクトル計算も実施して、固体電子物性の理論的な補強も得ることができた。今後、他の電極材料の実験・解析を積み重ねていき、系統的な知見を得ることを目指す。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
九州シンクロトロン光研究センターや高エネルギー加速器研究機構フォトンファクトリー等の放射光施設におけるビームタイムを順調に獲得でき、一部オペランド測定も加えて、概ね予定通りに実験を行うことができた。協力研究者からの各種サポートも円滑にいただいている。 Ti系の電極材料のTi L端XASスペクトルに対しては、電荷移動多重項計算も行って、理論的にも電子構造の議論を補強することができた。単純なTi4+(初期状態)、Ti3+(還元状態)の帰属を行えただけではなく、Ti 3d-O 2p軌道間の混成効果や電荷移動効果を明らかにすることができた。電気化学的な知見とも対応する結果が得られつつあるが、電気化学、固体物理の両分野の研究者に広くわかりやすく説明できるようなスキームを構築することが課題となっている。論文化への取り組みはすでに開始している。
|
今後の研究の推進方策 |
Ti系材料の結果については、電気化学と固体物理をつなぐ明確なスキームを構築するとともに論文化を進めていく。また、同様の手法を、他の電極材料にも展開していく。特に、共鳴光電子分光(RPES)は、適用可能な対象が充放電を行う前の初期状態の試料に限られるものの、フェルミ準位近傍の価電子帯を元素選択的に観測することが可能であり、電気化学分野に与えるインパクトは大きいと考えている。伝導帯側の情報を得るXASと相補的に用いることで、酸化還元電位の議論が可能なことが確認できたので、論文化や学会発表を通して広く普及するように努める。また、2019年度は、伝導帯側のより直接的な情報を得られる逆光電子分光(IPES)は行っていないので、今後、広島大学等との連携を開始して、電極材料へのIPESの適用を目指す。価電子帯側の軟X線発光分光(XES)については、SPring-8の東京大学ビームラインでの実施を検討している。RPES、XASにIPESやXESのデータが加わると、非常に強力な電子状態の議論が可能となる。
|
次年度使用額が生じた理由 |
2019年度は、試料合成等にあらかじめ保有していた試薬類を利用できたことや、真空装置の運用をうまく行えたこともあり、物品費を当初の予定よりも圧縮することができた。試料合成に研究補助員を充てる計画があったが、研究協力者からの試料提供や市販材料の購入などもあり、補助員の採用は見送った。また、旅費についても、当初海外の施設の利用を想定していた部分を、国内施設で補うことができたため、予定よりも少額の執行となった。2020年度においては、新型コロナの影響もあるが、国内施設での多くの実験を計画している。また、大気非曝露測定等に向けた新しい試料搬送機構の整備を予定しており、当所の2020年度分に加えて2019年度の残額を充当させていただき、より高度な実験を高頻度で遂行できるように進めていきたい。
|