研究課題/領域番号 |
19K05419
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
大城 宗一郎 名古屋大学, 物質科学国際研究センター, 助教 (90793323)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 超分子化学 / 超分子ポリマー / アミノ酸ジアミド / 種重合 / フロー・マイクロリアクター |
研究実績の概要 |
2020年度は,水媒体中におけるフロー精密超分子重合法の確立に向けて,アミノ酸ジアミドを基軸とする汎用分子骨格の開拓に取り組んだ.フロー精密超分子重合法の実現には,迅速な拡散条件下で自発的な会合を抑制することが重要となる.これまでに,アミノ酸ジアミド骨格をジスルフィド結合により二量化すると,単量体と比べて分子内水素結合が強く働き,低極性溶媒中において折りたたみ構造が速度論的に安定化されることを見出した.また,得られた準安定な状態を利用して,フロー・マイクロリアクター中における種(たね)重合を達成した.しかし,水媒体中ではジアミド部位が水和されるため,精密超分子重合の実現には,水素結合に依存しない戦略が必要となる.この課題に対し,申請者らは疎水効果によるフォールディングに着目した.そこで本研究では,N末端とC末端に疎水性のアリール基を導入したアミノ酸ジアミド二量体を合成し,水媒体中における超分子重合の初期過程のダイナミクスについて実験的,理論的に評価した. まず,単分散状態の構造について知見を得るため,水媒体中とメタノール媒体中で分子動力学(MD)計算を行った結果,水中では末端アリール基が集まった折りたたみ構造を形成した.これは,疎水効果によるものであり,水中ではこの折りたたみ構造が抑制状態として働くと考えた.そこで,加熱冷却処理後,時間依存吸収スペクトル測定により超分子ポリマーの形成過程を追跡した.その結果,単分散状態の吸収スペクトルが観測される誘導期を確認し,自発的な集合化が一時的に抑制されることを見出した.この誘導期に超分子ポリマーの断片である種を添加したところ,超分子重合を開始できた.疎水効果による折りたたみ構造の形成が種重合の達成に向けて有用であることを実証した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は,C末端とN末端にピレニル基とフェニル基を導入したアミノ酸ジアミド二量体を合成し,水媒体中における自己集合特性を評価した.吸収スペクトル測定および透過型電子顕微鏡(TEM)観察により自己集合過程を追跡した結果,アミノ酸ジアミド二量体は超分子ポリマーを形成し,その内部においてピレニル基が分子間で相互作用していることがわかった.また,集合体の溶液を凍結乾燥することにより得られた粉末のFT-IRスペクトルから,ジアミド基同士の分子間水素結合の形成を確認した. 次に,超音波処理を施して調製した超分子ポリマーの溶液を加熱しながら吸収スペクトルを測定した結果,単分散状態への解離が確認された.一方,加熱した溶液を冷却したところ,超分子ポリマーの形成は確認されなかった.そこで,単分散状態の構造について知見を得るため,水媒体中とメタノール媒体中で分子動力学(MD)計算と量子化学計算を行った結果,アミド基は溶媒分子に囲まれ,分子内水素結合を形成しないことがわかった.末端アリール基に注目すると,メタノール中では構造の秩序性が低いのに対し,水中では集まった折りたたみ構造を形成した.これは,疎水効果による構造変化であり,水中ではこの折りたたみ構造の形成により,自発的な超分子ポリマー化が抑制されたと考えられる. 加熱冷却処理により得られた単分散状態の溶液を放置したところ,誘導期を伴う超分子ポリマー化の進行を確認した.自発的な集合化が抑制された誘導期に超分子ポリマーの断片である種(たね)を添加したところ,直ちに超分子重合を開始でき,超分子ポリマーを伸長させることに成功した.本研究成果について論文を国際誌 (Chemical Communication)に投稿し,front cover pictureに採用された. 以上の成果から,おおむね順調に進展していると考えられる.
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今後の研究の推進方策 |
2021年度は,アミノ酸ジアミド骨格を基軸とするπ電子系超分子ポリマーの機能開拓に向けて,これまでに得られた研究成果を基に研究を推し進める.具体的には,アミノ酸のNH2末端とCOOH末端に多様なπ電子系分子を導入し,フロー・マイクロリアクターを利用して,低極性溶媒中や水媒体中における精密超分子重合に取り組む.そして,長さや長さ分布などの構造要素が精密に制御された超分子ポリマー本来の光・電子機能を精査する. これまでに,アミノ酸ジアミド基とキラルな分岐アルキル鎖を導入した平面固定トリフェニルボラン誘導体を設計,合成し,低極性溶媒中における自己集合特性の評価と種重合に取り組んだ.ジアミド骨格の分子内水素結合に加え,ホウ素と塩基との分子間配位結合を組み合わせることで自発的な集合化を抑制でき,高濃度条件下における種重合を達成した.本研究成果は国際学術誌(J. Am. Chem. Soc.)に掲載された.また,水媒体中において両親媒性ジケトピロロピロール(DPP)誘導体が形成するシート状集合体に過渡吸収分光を適用し,光誘起ダイナミクスについて評価を進めてきた.さらに,分子動力学計算や量子化学計算により,集合体内部におけるDPP部位の分子配向に関する知見が得られている.そこで,アミノ酸ジアミド二量体に平面固定トリフェニルボラン誘導体やDPP誘導体を導入し,フロー精密超分子重合法を利用して集合体の構造制御に取り組む.構造の評価には,透過型電子顕微鏡(TEM)や原子間力顕微鏡(AFM)の他に,発光性の集合体に対しては共焦点レーザー顕微鏡やSTED顕微鏡を利用する.そして,得られた集合体について種々のスペクトル測定(吸収,蛍光,過渡吸収,時間分解蛍光など)を行い,光物性について評価を進めることで本重合法の意義と効果を明らかにする.
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究計画は大きく分けて,「アミノ酸ジアミドを基軸とする汎用分子骨格の開拓」,「フロー精密超分子重合の確立」,そして「フロー精密超分子重合によるπ電子系の機能開拓」の三段構えで構成されており,それぞれに関わる研究経費を予測していた.2020年度に評価を進めたアミノ酸ジアミドは,市販の試薬を用いて合成されるものであり,当研究室に保管されている試薬を用いて進めることができた.また,分子集合特性の評価には種々のスペクトル測定 (IR,NMR,吸収,蛍光,CD)と顕微鏡観察 (AFM,TEM)を用いたが,並行して進められている研究プロジェクトと物品や消耗品を共有することで物品費を抑えることができた.さらに,シンポジウムや学会に参加し,関連研究の情報収集と研究成果の報告活動を行ったが,全てオンラインでの開催となったため,旅費を抑えることができた.2021年度は,アミノ酸ジアミド骨格に多様なπ電子系化合物を導入する.導入にはクロスカップリング反応を利用するため,パラジウム触媒などの高価な遷移金属触媒の試薬購入に研究費をあてる.また,物性・機能の評価を進めるべく,当該研究室現有の測定機器だけではなく,機器使用料が発生する学科共有の測定機器も積極的に利用する予定である.
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