研究課題/領域番号 |
19K05426
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研究機関 | 龍谷大学 |
研究代表者 |
岩澤 哲郎 龍谷大学, 理工学部, 教授 (80452655)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | Inherent キラルキャビタンド / 不斉ケイ素キャビタンド / 複キノキサリン結合型レゾルシンアレン / 不斉反応場 |
研究実績の概要 |
レゾルシンアレンに二枚のキノキサリン骨格をシス位に取り付けたキャビタンドを足場分子として、従来にはないInherentキラルキャビタンド群のラセミ体合成を行なった。これらそれぞれのラセミ体にアリルシランを置換基として導入することにも成功した。アリルシラン体の化学収率は低くとどまったが、アリル基がキャビティーの内側に向いたものと外側に向いたものとを、シリカゲルカラム精製によってそれぞれ首尾よく単離することができた。このアリルシラン型キャビタンドは、Inherentキラリティーに基づく非対称な構造をとるため、側鎖のアリル基を例えばエポキシ化のような反応に処して不斉炭素が新たに一つ生じるようにしてやると、2種類のジアステレオマーが生成物として得られるようになる。実際に過酸でエポキシ化して、生成物のジアステレオ比について構造活性相関の観点から比較検討した結果、最高64:36のジアステレオ比を得た。構造活性相関の実験結果をまとめて考察したところ、次に示す新たな知見を得ることができた。一つは、シス型ジクロロキノキサリン型のテトラオール足場分子が、Inherentキラルキャビタンドのプロキラルプラットホームになること。二つ目は、20種類程度合成した新規キャビタンド全てが、重クロロホルムや重トルエン溶媒中で花瓶型構造をとることを明らかにしたこと。三つ目は、高いジアステレオ選択性と化学収率を出すキャビタンドの傾向は、メチレン架橋のような背丈の低い壁と平面性の高い壁とを併せ持っていること。四つ目は、ジベンゾキノキサリンのような大きな壁が一つだけあれば、ある程度のジアステレオ選択性を稼げるということ。五つ目は、外側に向いたアリル基はInherentキラリティーの影響を全く受けないこと。こうした知見は、Inherentキラルキャビタンドを開発する上で貴重な情報源である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
Inherentキラルキャビタンドを不斉源とした新しい不斉反応場の開発に必須な実験的根拠の収集が達成されているから。Inherentキラルキャビタンドが花瓶型構造を取りつつ、分子空隙が非対称反応場として働き、生成物にホスト分子の非対称性が転写されている。この事実は本案の発展的な進捗の上で根幹となる知的基盤である。興味深いことに、空隙の外側を向いたアリル基は、どの化合物においても全く不斉誘起がなされなかった。この発現能は、Inherentキラルキャビタンドのもつ新しい特徴であろう。空隙にこそ、その本質的価値があるということの傍証である。ただし、ジアステレオ比を指標とした立体選択性は最高でも64:36程度の質に終わった。おそらく、アリルシラン部分のフレキシビリティーが比較的高いために、酸化剤による炭素ー炭素二重結合のプロキラル面の認識が困難であったろうと考えられる。より一層の不斉誘起能を持たせたInherentキラルキャビタンドの開発のためには、反応点を剛直に設定した反応性キャビタンドを用いた実験結果の収集が必要となる。この狙いのもと、Inherentキラルキャビタンドに対して三価や五価のホスフィンを取り付ける合成実験を進めている。三価のホスフィンは金属に取り付けることによって、また、五価のホスフィンの場合はブレンステッド酸やオキサイドにすることによって、反応点やゲスト分子を剛直性を持ってキャビティーに配置できる。また、触媒としても活用できる。現在までにいくつかの新規ホスフィンキャビタンドを合成し、物理データの取得を済ませている、しかしながら、化学収率が低いことが難点となっている。アリルシラン型キャビタンドの場合と同じ宿痾に苛まれている。プロキラルな足場分子である対称性の高いテトラオール化合物を、いかにして非対称に修飾するかが、現在の核心をなす課題である。
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今後の研究の推進方策 |
推進の方策として念頭にあるのは次の三点。一つは、Inherentキラルキャビタンドに三価のホスフィンを取り付けて遷移金属を用いた触媒反応の展開を図ること。触媒中心やその近傍に剛直性を持たせて、Inherentキラル空間の特性を把握するための実験データ収集を行う。二つ目は、五価のホスフィン、特にホスホン酸を取り付けたInherentキラルキャビタンドの合成を達成し、純粋にInherentキラリティーのみを不斉源とした化学変換の実演に努めること。不斉空間に塩基性のゲスト分子を包接してホスホン酸との相互作用を活性化の基盤とした化学変換を狙い、生成物へのキラリティーの転写が起こるかどうかを確認する実験を推進する。三つ目は、キノキサリン壁の一部を反応性置換基等で化学修飾したことによって生じる新しいInherentキラルキャビタンドを開発すること。三価または五価のホスフィン中心によるゲスト分子の活性化だけではなく、キノキサリン壁に取り付けた反応性置換基によってもゲスト分子と相互作用して活性化することを狙う。包接によるサイズ選択的な認識能と合わせて多点での分子認識を行なって、非対称的で特異的な化学変換能の獲得を目指す。これら三点の方策を具現化できれば、Inherentキラルキャビタンドの分子論的な基盤的知識を得ることができる。ただし、問題点は、こうした新規キャビタンドの合成では収率が低くとどまってしまうこと。したがって、対称性の高いプロキラルな足場分子の非対称的な化学修飾法の開発を行う必要がある。また、新規なInherentキラリティーの生成物への転写がうまくいかない場合、鏡像異性体過剰率やジアステレオ比ばかりにこだわらず、生成物の幅広い選択性(例えば位置選択性や化学選択性など)の有無を確認する。基礎となる分子認識能の理解を可能にする実験系の組み立てを行うことが鍵と考える。
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次年度使用額が生じた理由 |
キノキサリンをシス位に取り付けた足場分子やキノキサリン・ピラジン・メチレンを組み合わせた壁部を持つ非対称アリルシラン群を新しく合成することには成功したが、これらの合成が困難を極め、収率が低く終わってしまった。また、酸化反応によって生じるエポキシ化体のジアステレオ比の伸びがよくなかった。そのため、題材となるキャビタンドの選択は悪くはないが最良ではないと捉え、これ以上の追究は深追いになって逆効果であると判断した。結果としてInherentキラル反応場の再考等の変更を行う状況になった。そのため、初年度に予定していたセミ分取用キラルカラムの購入について見直しを行い、次年度への使用額が生じた。次年度の使用計画について、今後の研究の推進方策の項目にて記載した内容に主として力点を置いて使用し、セミ分取用キラルカラムの購入にめどをつけられるように努める計画を考えている。使用計画の一つは、Inherentキラルキャビタンドに三価のホスフィンを取り付けた新規化合物の安定した合成法開発。二つ目は、ホスホン酸を取り付けたInherentキラルキャビタンドの高収率な合成法を達成すること。三つ目は、反応性置換基等で化学修飾して生じる新しいInherentキラルキャビタンドを高収率で合成すること。これら三つの狙いを持った合成開発に集中的に取り組み、化学収率の低い工程の改善を行うことに資金投資を計画している。
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