本研究では、複数の外部刺激に応答して分解することで「薬剤を放出する」と同時に自ら「光る」薬剤運搬体を開発することを目的とする。一般に正常細胞と比較してガン細胞はグルタチオン濃度が高く、還元的雰囲気にあること、また若干pH が酸性に偏っていることが知られている。そこで、複数の外部刺激として還元剤の添加や pH 変化に着目した。これらの外部刺激に応じて分解するように、2つのシクロファン部位を連結した2環状ホストの合成とその薬剤運搬体としての機能を評価することに取り組んだ。還元剤だけでなく pH 変化にも応答する部位を2環状ホストに組み込むことで、がん細胞に対して高選択的な薬剤の放出を目指した。昨年度までに開発した刺激応答性の2環状ホストの比較参照化合物として、新たに2つの化合物を分子設計し、合成した。まず、還元応答性のジスルフィド結合を介してアンモニウム基とカルボキシ基を側鎖に有するシクロファンと蛍光性ゲストであるピレン部位を繋ぎ合わせたホストゲストコンジュゲート(HGC)を合成した。このHGCは、グルタチオンなどの還元剤に応答してジスルフィド結合が開裂し、解離したピレン部位が自己会合することによってエキシマー蛍光を発した。さらに、シスチン由来のジスルフィド結合を介して2つのピレン部位を繋ぎ合わせたゲスト2量体についても合成した。このゲスト2量体は、水中で2つのピレン部位の相互作用によってエキシマー蛍光を発するが、グルタチオンなどの還元剤の添加に伴ってピレン部位に由来する短波長のモノマー蛍光へ変化することを見いだした。すなわち、長波長のエキシマー蛍光と短波長のモノマー蛍光の2波長による蛍光強度の変化として、グルタチオンの濃度に応じた蛍光検出が可能となった。ガン細胞中に相当する濃度のグルタチオンに対して蛍光を発する還元応答性ホスト分子を開発するための有益な知見が得られた。
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