溶液中タンパク質の高次構造を簡便に測定することは,タンパク質の機能を理解する上で重要である。太古に起こった生物の単一キラリティ選択により,タンパク質は一般的に L-アミノ酸からなり,その鏡像異性体であるD-アミノ酸は含まない。このため,例えばαヘリックス二次構造は常に右巻きの螺旋構造をとるように,二次構造もキラルとなっている。さらに高次のタンパク質構造や溶媒和構造もキラルとなりうるが,それらキラル高次構造を溶液中において直接かつ簡便に測定することは依然難しい。本研究においては,180 cm-1以下の低波数領域においてラマン光学活性(Raman Optical Activity; ROA)を測定し,溶液中タンパク質のキラル高次構造を直接に解析でき,かつ既存のROAよりも高感度な分析法を開発することを目指した。 昨年度までに開発した35 cm-1付近まで測定可能な極低波数ROA装置を用いて,結晶構造が既知であるタンパク質の水溶液を測定し,180 cm-1以下の低波数領域において強いキラル信号が観測されるのか調査した。種々のタンパクについて実験を行い,タンパク質構造(一次,二次,三次)と極低波数ROAスペクトルとの相関を検討した。主な二次構造がαヘリックス,βシート,PP-IIヘリックスまたはランダムコイルであるたタンパク質およびペプチドについて測定し比較することで,二次構造を反映する低波数ROAスペクトルの特徴を調べた。一方で二次および三次構造が似通ったタンパク質のスペクトルを比較し,一次構造または溶媒和状態の違いに起因するスペクトル特徴を明らかとした。さらに重水素化した溶媒および非水溶媒を用いて測定を行うことで,溶媒分子とタンパク質が協奏的に生み出すキラル信号の有無を検討した。タンパク質が形成するであろうキラルな溶媒和状態を直接検出できる手法として期待される。
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