研究課題/領域番号 |
19K05530
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研究機関 | 横浜市立大学 |
研究代表者 |
高山 光男 横浜市立大学, 理学部, 教授 (10328635)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 水素ラジカル / タンパク質化学 / 質量分析 |
研究実績の概要 |
複数のジスルフィド結合(S-S)を有するタンパク質のアミノ酸配列を迅速に解析する新規手法、すなわち紫外レーザー光照射によって水素ラジカルを発生する試薬を利用し、S-S結合の還元切断とタンパク質主鎖のアミド結合(N-Ca)の特異的切断を同時進行させる技術に関して、反応収率を向上させることができた。また、S-Sの還元切断とN-Caの特異的切断に利用し得る紫外レーザー感受性のある試薬を新たに見出した。それぞれの研究実績を下記に示す。 1.紫外レーザー光吸収により水素ラジカル発生感受性を有する5-アミノ-1-ナフトール(5,1-ANL)は、S-S結合とN-Ca結合の両方を同時に切断する能力を有することを過去に見出していたが、複数のS-S結合を同時に切断することは困難であった。そこで、5,1-ANL結晶に還元剤であるジチオトレイトール(DTT)を混入結晶化させ、同時にタンパク質分子を結晶分子に対して1/5000モル程度導入したところ、S-S結合の還元チオール化(-SH HS-)が進行し、アミノ酸配列情報のカバー率が上昇した。すなわち、これまでS-S結合の存在によって阻害され読むことが困難であったタンパク質内部のアミノ酸配列を、完全ではないが読むことができるようになった。本実績は現在国際原著論文としてまとめるべく解析と執筆を同時進行中である。解析課題は、複数のS-S結合のうちどのS-S結合が優先的に切断するのか、または切断しづらいのか、水素ラジカルが接近し得るタンパク質の立体構造的な情報を得ることである。 2.上で得た水素ラジカル発生試薬5,1-ANLと還元試薬DTTの組みあわせが成功したことから、両方の試薬の機能を持ち合わせる試薬の探索を実施し、チオール基とアミノ基の両方を有するベンゼン系試薬を見出し、学会報告および予備的な論文発表も行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまで複数のジスルフィド結合(S-S)を有するタンパク質のアミノ酸配列を簡便かつ迅速に解析する手法は皆無であったが、過去に申請者が確立していた結晶状態の水素ラジカル発生試薬5,1-ANLを用いる翻訳後修飾タンパク質のアミノ酸配列解析法に対し、溶液反応に用いられる還元試薬DTTを組み合わせることが有効であることを見出したことは新しい発見であった。すなわち、溶液中での還元反応に有効なDTTはその効力に適切なpHと溶液利用といった制限があり、結晶中でも反応が進行することは驚くべき事実となった。理由は、紫外レーザー光の照射によって起こるマイクロ秒以内かつマイクロメートル空間での溶融爆発現象が試薬をエネルギー励起することで反応が進行した可能性があり、新たな反応知見である可能性が見出された。本研究実績は、本来の目的である複数のジスルフィド結合を有するタンパク質の解析に有用であることが確認されただけでなく、新しい還元性の反応場の開発にも利用し得ることが特筆されると考える。 また、新しい還元反応場を実現し得る新規試薬の探索に手を付けて、その方向性を見出し得る研究発表ができたことも順調な研究進展の理由と考えている。本新知見はタンパク質化学とは別の化学反応にも利用し得る可能性がある。
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今後の研究の推進方策 |
申請者は、過去10年以上にわたり水素ラジカルの関与するタンパク質化学、材料化学および特異な化学反応に携わり科学研究費によって実績を上げてきた。水素ラジカルは、それが物質界で最小であるゆえに極めて局所的、特異的、選択的といった制御しうる反応を可能にし、あいまいな点のない反応性を有することを確認してきた。本申請テーマである複数のジスルフィド結合を有するタンパク質の解析法では、水素ラジカル発生試薬の発生源であるフェノール性水酸基Ph-OHおよびアニリン性アミノ基Ph-NH2の水素原子が、予め結晶状態においてタンパク質の解離部位に水素結合していなければ効果的に反応が進行し得ないことが基礎的な前提になっている。制御し得る確実な反応系の樹立はタンパク質化学のみならず多くの反応系に求められているため、本研究の進展を通じて、アミノ酸配列解析のみならずタンパク質の構造や機能に迫る局所情報を水素ラジカルによって得る解析法にも注視しながら進める。実際、昨年の本研究費報告では、複数のジスルフィド結合を有するタンパク質の解析に対して、アミノ酸配列解析の研究に付随して、これまでX線結晶構造解析とNMRでしか解析が不可能であったタンパク質の柔軟性部位と剛性部位の予測が可能である副次的成果も得られ米国化学会の雑誌に掲載された(M.Takayama, ACS Omega,2019, 4, 20308-20314)。 本年度実験実績の解析と論文執筆に必須の追加実験を重ねながら、水素ラジカルの普遍的な反応性に注視し研究を継続する。
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次年度使用額が生じた理由 |
当該年度の予算に対して必要物品費等が超過しないよう調整したために端数が生じた。
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