研究課題/領域番号 |
19K05601
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
浦川 理 大阪大学, 理学研究科, 准教授 (70273539)
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研究分担者 |
井上 正志 大阪大学, 理学研究科, 教授 (80201937)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | シンジオタクチックポリスチレン / 誘電緩和 / 包接分子 / 拘束効果 / 分子運動 / δ相 / ε相 |
研究実績の概要 |
シンジオタクチックポリスチレン(sPS)が低分子ゲストを包接して形成するδ相およびε相と呼ばれる共結晶体は,結晶中の包接部位であるナノ空間内でゲスト分子の回転運動が可能で,柔粘性結晶のような性質を持つ.また,包接空間の異方的形状により,ゲスト分子の運動も異方的になることが知られている.このように拘束された状態での分子のダイナミクスは,ガラス転移挙動も含め学術的に興味深く,分子ダイナミクスと空間拘束の関係を調べるために有効な系であると言える.特にδ相中のゲスト分子は孤立した空間に1分子が拘束されているのに対し,ε相ではカラム状の空間にゲスト分子が一次元的に相互作用した形で包接されている.これら2つの系を比較することは,分子間相互作用が分子運動やガラス転移挙動に及ぼす効果を調べるためにも有用である. 本研究では3種のゲスト分子をδ相とε相に包接させた系について,誘電緩和法を用いてそのダイナミクスを評価した.具体的には,ブロモベンゼン(BzBr),シアノベンゼン(BzCN), およびp-メチルシアノベンゼン(BzMCN)という分子サイズが僅かに異なるもの(長軸の長さが0.88nm~1.0nm)を用いた.ゲスト分子の緩和時間τは,δとε相の両系ともに,分子サイズの順番に長くなることが分かった.またδとεを比較すると,τの絶対値は,δ>εであった.この結果は結晶空間の拘束力がδ相の方が強く,分子運動をより制限していることを示している.またτの温度依存性はすべてArrhenius型であり,活性化エネルギーの大小関係も,τのそれと同様であった.δ相とε相のいずれにおいても,ゲスト分子のサイズをオングストロームオーダーで変化させることで,緩和時間を数桁にわたって制御可能であり,この結果は今後sPS系を誘電メモリーなどの機能材料に適用するために重要な情報である
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
3種類のゲスト分子(BzBr,BzCN,BzMCN)を用いて,sPSとの共結晶体であるδ相とε相を溶媒浸漬法により作成した.これらの試料のゲスト包接過程については,赤外吸収スペクトル測定により確認した.そして,ゲスト分子のダイナミクスを誘電緩和法により,80K~400Kの温度範囲で周波数20Hz~1MHzの範囲で調べた. δ相とε相中でのゲストの緩和時間は,同じ温度で比べるとBzBr<BzCN<BzMCNの順で,分子サイズの順となった.(それぞれ分子長Lが,0.88nm, 0.92nm, 1.01nm).また,室温でδ相とε相の緩和時間τを比べると,どのゲストでもδ相の方がε相よりも2桁程度τが長いことが分かった.このτの差は,これまでに報告されているδ相とε相の空間サイズの差により,説明可能である. 緩和時間τの温度T依存性については,すべての系でArrhenius型となった.Arrheniusプロット(log τ vs. 1/Tのプロット)により,活性化エネルギーEaを求め,そのL依存性について検討した.その結果,(1)Eaはδ相>ε相であり,(2)EaはLとほぼ比例関係にあることがわかtった. EaのL依存性については,結晶内の空間の揺らぎによりゲスト分子の回転運動が誘起されるとしたモデルを考案し,そのモデルで半定量的に説明できることが分かった.
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今後の研究の推進方策 |
今後は,研究結果をこれまで以上に定量的に議論し,更にsPS包接系の機能化を見据えて,以下の項目に従い研究を進める予定である. 1)ゲスト分子の包接率の定量化: ゲスト分子の結晶中の包接量を決定するには,sPSの結晶領域と非結晶領域に取り込まれたゲストの量を分けて評価する必要がある.現段階では,誘電緩和測定がそられ2領域に存在するゲストを分離評価できる唯一の方法である.他の方法(個体NMR,赤外・ラマン測定等)について検討するとともに,誘電緩和強度からゲスト分率を正確に決定できるように,種々のゲストについて,検量線を作成する.ただし,そのためには,ゲスト分子が非晶中に存在しない状態の試料を作成する必要があり,その実現のために,長時間の熱処理と,超薄膜の試料等を検討する予定である. 2)ゲスト分子の運動異方性評価: 結晶を配向させた試料を,フィルム試料の機械的延伸および,溶媒キャスト法の工夫により行う.そして,結晶の配向度を赤外の吸収二色性測定により評価する.配向度が分かった試料について,配向軸と垂直および平行方向に電場を印加して誘電緩和測定を行うことで,ゲスト分子の運動異方性について評価する予定である. 3)ゲストダイナミクスの広帯域での測定: これまで,数オングストローム程度のゲスト分子サイズの変化により,緩和時間が数桁変化することが分かっている.今まで以上にゲストサイズを変化させるとともに,広帯域誘電緩和測定法を適用することで,緩和時間のゲストサイズ依存性に関するデータをさらに広い範囲で集める.そしてゲストの分子運動の凍結過程(ガラス化)の有無を調べ,誘電メモリー等の応用についても検討する予定である.
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