研究課題/領域番号 |
19K05710
|
研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
沓村 憲樹 筑波大学, 国際統合睡眠医科学研究機構, 教授 (00439241)
|
研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
|
キーワード | モルヒナン / 新規骨格変換反応 / Baeyer-Villiger型反応 / Ireland-Claisen転位 |
研究実績の概要 |
当研究室では、モルヒナン骨格を有する7-ベンジリデンナルトレキソン(BNTX)とその誘導体が、薬剤耐性マラリアの耐性を解除する作用や抗トリコモナス活性を有することを見出しており、これらの作用機序の鍵として、BNTX誘導体の持つ不飽和二重結合が関与しているのではないかと推察した。そして本提案研究の初年度は、その推察を実験的に証明すべく、20種のBNTX誘導体の「化学的なチオール捕捉能」と「クロロキン耐性マラリアにおける殺活性」の相対的な関係について研究を行った。その結果、当初の仮説通り、抗マラリア活性の強いモルヒナン誘導体ほどチオール捕捉能も強い傾向にあることを確認・可視化することに成功した。 このような研究背景の下、マラリアをはじめとする様々な感染性原虫に対してさらなる強力な活性化合物を開発すべく、モルヒナン分子の種々の誘導体化を検討していたところ、偶然にもモルヒナン分子に特異な新規反応を見出した。本反応は、ビシクロ[2.2.2]オクテノン部位を有するモルヒナン化合物に対して酸素雰囲気下、t-ブタノール中水酸化カリウムと反応させることで、Baeyer-Villiger型の酸化反応とIreland-Claisen転位反応がワンポット系で連続的に進行する反応である。この反応によって生じる2つの新規モルヒナン化合物は、どちらも一般的なモルヒナン化合物のC環上方に官能基を配置、母骨格を上方に伸長することができる構造を有している。一般的に、モルヒナン分子のC環上方に炭素鎖を伸長することは工程数とコストがかかる変換工程となるが、これを簡単な操作で直接誘導化できる本反応は、今後モルヒナン分子を基盤骨格としたリガンド開発や天然物合成において非常に利用価値の高いものになると思われる。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2019年度は、①様々なBNTX誘導体を合成し、②それらのうち、BNTXを含めた20種の化合物に対してin vitroにて抗マラリア活性の評価を実施した。また、それらの化合物について③チオール捕捉能の強度を実験的に数値化して、先の抗マラリア活性との相関を調査した。その結果、当初の仮説通り、不飽和二重結合のチオール捕捉能が優れているモルヒナン分子ほど抗マラリア活性が良好であることを示す客観的な分布図を得ることに成功した。 2020年度は、さらなる活性向上を目指してモルヒナン分子の誘導化を行っていたところ、予想に反した複雑な新規反応が進行していることに気づき、④その反応が分子状酸素を介した、Baeyer-Villiger型酸化反応およびIreland-Claisen転位反応が連続的に進行したものであることを見出した。そして、様々な反応条件の検討や中間体の同定を行うことで、⑤この新規反応の反応メカニズムの解明に成功した。本反応の発見と詳細については、Tetrahedron Lettersにて報告したが、本研究はただの反応論文ではなく、モルヒナン分子を基盤とした創薬研究において非常に意義あるものと自負している。モルヒナン分子はオピオイド受容体を介して様々な薬理作用を発揮することが知られており、原虫感染症との関連も報告されている。そしてモルヒナン分子とオピオイド受容体が相互作用様式を考える際、モルヒナン分子のC環上方に側鎖を伸長する骨格変換、誘導体合成は一つの重要な鍵とされている。今回我々が見出した反応は、既存の工程数とコストのかかる変換反応の代替となる新規反応として今後期待されるものである。
|
今後の研究の推進方策 |
昨今のコロナ禍の影響もあり、共同研究先で抗マラリア活性、抗トリコモナス活性の評価が困難になった。今年度の状況はまだ分からないが、当初の研究計画よりも少し誘導体合成の方に注力することを考えている。そこで、以下、3つの基本骨格について誘導体合成を行い、評価系の状況を鑑みながら順次、in vitro, in vivo評価を検討していく。 ①BNTX誘導体の設計・合成:初年度は評価を行う被検化合物を20サンプルにとどめていたため、その時の構造活性相関の結果を参考にして新たなBNTX誘導体の合成を行う。まだ合成していないベンジリデン部位の構造変換とまだ未検討の17位窒素原子上の置換基の変換を主に検討する。 ②2020年度に見出した新規反応を利用した誘導体合成:2020年度は前述のように、分子状酸素を介したBaeyer-Villiger型酸化反応およびIreland-Claisen転位の連続反応についてその反応メカニズムの解明を行った。今年度はこの反応を利用することで、モルヒナン分子のC環上方に炭素鎖を伸長した様々な誘導体を合成する。 ③本申請研究の基盤となる前の科研費研究(17K13259)で見出した新規反応による誘導体合成:以前我々は、BNTX誘導体の効率的な合成法の開発を検討していた際に、モルヒナン骨格に特異な新規Favorskii-type転位反応を見出し、Organic Lettersで報告した。この反応生成物はC環が5員環に環縮小したスピロ化合物であるが、これらの一部も抗原虫活性を示したことから、これらの誘導体合成も進める。 評価系の再利用の目途がたち次第、上記合成による誘導体の構造活性相関研究を随時行っていく計画である。
|
次年度使用額が生じた理由 |
2019年度は抗マラリア活性のin vitro評価を行っている共同研究グループの事情で被検化合物は20サンプルに留めていたが、2020年度はコロナ禍の影響もあり、予定していた抗マラリア活性(クロロキン耐性株、クロロキン感受性株)の評価をほとんど実施することができなかった。 また、ポジティブな理由としては誘導体合成の途上で新規かつ有用な反応を見出したためである。この新規反応が進行する反応条件やメカニズムを明らかにすることができれば、今後のモルヒナン骨格を基盤としたさまざまなリガンド開発が大きく前進する可能性があったため、その反応機序の解明に注力した。
|