研究課題/領域番号 |
19K05713
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
花島 慎弥 大阪大学, 理学研究科, 准教授 (50373353)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 糖脂質 / コレステロール / 固体NMR / 蛍光寿命測定 |
研究実績の概要 |
前年度はガングリオシドGM3の脂質膜中での上皮成長因子受容体の膜貫通ドメインとの相互作用を明らかにした。このような相互作用はGM3分子が脂質膜中で会合してできたドメインにより多価相互作用を用いて向上される可能性がある。そこで、シアル酸が欠乏し他の部分はGM3と同一の構造を有する糖脂質ラクトシルセラミドを対象にし、脂質膜中でのドメイン形成を解析した。その結果、コレステロールが十分存在する二成分膜中では、一般的な脂質ラフトと似た秩序液体相を形成する一方、不飽和リン脂質を加えた三成分モデル膜では液体秩序相の形成は観測されなかった。さらに、蛍光分光法を用いた解析では、ラクトシルセラミドが顕微鏡ではみえない1マイクロメートルよりも小さく固いドメインを形成することを明らかにした。本研究を通して免疫細胞上に存在して、免疫シグナルの細胞膜伝達を担うラクトシルセラミドドメインに関して生体モデル膜を用いて機能単位となる微小ドメインが形成されることを初めて明らかにした。GM3も脂質膜中は同一構造を有するため、ラクトシルセラミドと同様な微小な脂質ドメインを形成することが容易に想像できる。 ガングリオシドGM3の脂質膜上での糖鎖構造はコンホマー選択説に基づくとタンパク質との結合に直接的に関与する。そこで、これを明らかにするため、一連の安定同位体標識GM3の合成を達成した。これらを用いて脂質ラフトを模した膜脂質組成とラフト外を模した膜脂質組成で固体NMRを測定して、脂質膜上でのGM3糖鎖の配向とダイナミクスを解析した。NMRデータに基づく平均配向解析の結果、GM3糖鎖は脂質膜の表面を覆うような平均分子配向を取ることが示唆された。さらに重要な発見があった。糖鎖そのものは、これまでの研究者内での共通認識を覆し、脂質ラフトの内にいるときと外にいるときで構造自体に大きな差がないことが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
昨年度までに、FRETなどの蛍光分光法を用いてガングリオシドGM3がヒト上皮成長因子受容体(EGFR)の膜貫通ドメインと、質膜環境下で相互作用して単量体を安定化することで、膜貫通ドメインの二量体化を阻害することを明らかにした。しかしながら、GM3とEGFRが1:1で相互作用すると考えた場合に計算した安定化エネルギーは小さい値を示し、生理活性を阻害するために結合すると考えるに充分な値とは言えなかった。今年度は、このような糖脂質の一つであるラクトシルセラミドが脂質膜中での相互作用を介して微小な同一分子会合体を形成することを初めて明らかにした。このような会合体は、EGFRとの相互作用を劇的に強める可能性があり、生体膜におけるGM3とEGFRの相互作用による機能制御には、糖脂質ドメインが関与している可能性が高い。 GM3の脂質膜上での構造は、コンホマー選択説に基づくと、タンパク質との結合性に直接的に関与する。今年度までに、GM3の三つの糖残基のそれぞれに安定同位体標識を施した一連の標識GM3を系統的に化学合成して、すべての合成を達成した。さらに合成したサンプルを用い、当初予定していた固体膜環境下での固体NMR測定も完了した。得られた多数の固体NMRパラメーターを満たす平均的な配座を、理論に取りうる構造アンサンブルを生成し、すべてを網羅的に探索してRMSDを求めて推察した。その結果、これまでの常識とは異なり、大変興味深いことに脂質ラフト環境においても糖鎖構造は大きく変化しないことがわかった。レクチンなど糖鎖結合タンパク質との結合性は膜環境の影響を大きく受けることが知られており、私たちも実験的に確認している。この原因が糖鎖構造の違いではない可能性が示され、本研究を通して糖脂質の生物機能やあらたな研究の扉が開かれた。
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今後の研究の推進方策 |
予算申請時に予定していた実験は概ね終了したが、研究を進めていく過程で、検証をしておくべき重要な課題が新たに見えてきた。固体NMRと合成化学を駆使したガングリオシドGM3の脂質膜上での構造解析を得られた固体NMRパラメーターを用いておこなったところ、平均構造が脂質ラフト環境下と非ラフト環境下で大きな違いがみられなかった。一方で、この二つの環境下で、糖鎖結合タンパク質との結合性には有意な差がみられている。これは、GM3の脂質膜上での会合状態が膜環境によって違うか、動的な構造アンサンブルや微小な構造の違いが影響している可能性が否定できない。このような点はコロナ禍もあり充分に検証できなかったため、1年間研究期間を延長して上記のことに取り組む。具体的には、多量体化や分子の揺らぎなどの構造の動的情報を得る目的で、合成したサンプルの緩和時間測定をおこなう。各核種の緩和時間は原子の回転相関時間と密接に関連しており、糖鎖の動的構造や揺らぎ、会合状態の変化を鋭敏に検出することができる。また、MDシミュレーションをおこなうことで二つのGM3糖鎖の配座アンサンブルとその相違を比較することを考えている。MDシミュレーションで得られた配座アンサンブルの正しさを担保することは一般には容易ではないが、本実験で得られた複数のNMRパラメーターをどの程度再現できるか確認することで担保できると考えている。固体NMR測定とMDシミュレーションにて得られた結果をまとめて論文化して世界に発信していく。
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次年度使用額が生じた理由 |
申請当初に予定していた実験は概ね完了したが、目的を達成し学術論文として発表するためには一部のプロジェクトで追加実験をすることが望ましいと考えている。しかしながらコロナ禍もあり、十分な追加実験の時間が取れず、1報以上が学術論文作成に至っていない。そこで、次年度まで研究期間を延長して研究実験と解析を追加することで当初の目的を達成して学術論文として世に出す。さらに、得られた画期的な研究成果を国際発表して示す。 使用計画としては、実験用の溶媒やガラス器具などの消耗品50万円とNMR等分析機器測定料16万円、学会発表のための旅費15万円(一つは国際糖質学会:オンライン申し込み済み) とかんがえている。
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