研究課題/領域番号 |
19K05734
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
大崎 恵理子 大阪大学, 医学系研究科, 助教 (50447801)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | B型肝炎ウイルス / ポリメラーゼ / ドッキングシミュレーション / 非核酸系RT阻害剤 |
研究実績の概要 |
ウイルス感染症克服において,ウイルスゲノムの複製に不可欠なポリメラーゼを標的とした阻害剤の開発は最重要課題の一つである。重篤な肺炎症状を引きおこす新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の世界的な感染拡大による危機に際して,治療薬候補としていち早く効果が注目されたファビピラビルやレムデシビルなどは,いずれもポリメラーゼを標的とした核酸アナログ製剤である。また,C型肝炎ウイルス(HCV)やHIV感染症においては,核酸アナログを含む複数の阻害剤の併用療法により,高い治療効果が得られるようになった。これらのことからも示唆されるように,B型肝炎ウイルス(HBV)感染者からのウイルスゲノム排除という目的においてポリメラーゼを標的とした阻害剤は,併用療法を前提とした上で強力な治療薬となりうる。本研究ではポリメラーゼを標的とする非核酸系RT阻害剤の開発を目指す。 申請者らはこれまでにHBVポリメラーゼの活性に重要な逆転写酵素(RT)ドメインの高純度精製タンパク質を用いたin vitroアッセイ系を構築し,この系を用いて有望な候補阻害剤を見出した。これらの候補阻害剤についてHBV RTの結合部位を予測し新たな知見を得ることは,RTの活性に重要なドメインの解明やポリメラーゼの作用機序解明に有益な情報をもたらすものと考えられる。そこで,本研究ではドッキングシミュレーションによる候補阻害剤の結合部位予測と,in vitroアッセイ系での実測データの,双方向からのアプローチにより,阻害剤の作用機序の解明を目指す。さらには多剤併用による相乗効果を最大限引き出すために,結合部位の異なる複数の候補薬剤の組み合わせをシミュレーションにより検証し,in vitroアッセイ系でこれを検証,評価する。本研究により,ポリメラーゼ作用機序に基づく新規治療薬の開発における新たな知見が得られることが期待される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
我々が用いている精製RTは,特異的なポリメラーゼのテンプレート・プライマー・基質結合活性を示す。このアッセイ系で同定したRT結合活性阻害剤のいくつかは,モロニーマウス白血病ウイルス(MMLV)のRTの活性を阻害することが明らかとなった。MMLV RTは市販されているRTであり伸長活性を保持しているが,本アッセイ系で同定したHBV RTの候補阻害剤によりその活性が阻害される。したがって,本アッセイ系は,HBV RTの結合活性を阻害する化合物を同定することができ,伸長活性を阻害する核酸系RT阻害剤ではなく,非核酸系RT阻害剤の探索に有効であることが示唆された。一方でHBV ポリメラーゼはその発現・精製が非常に困難であるため,これまで結晶構造が得られていない。そこで,MMLV RTのPDBデータを元に,MMLV RTの活性を阻害した化合物についてドッキングシミュレーションを試みた。興味深いことに,いくつかの阻害化合物の結合部位は非常によく似ており,結合に関与するアミノ酸に類似性が見られた。一方,コントロールとして阻害活性を持たない低分子化合物でシミュレーションしたところ,自由結合エネルギーの値は親和性が低いものであったことから,シミュレーションの結果は妥当なものであると考えられた。さらに,HBVポリメラーゼの3Dモデルを構築し, in vitroスクリーニングに用いたライブラリーを用いてバーチャルスクリーニングを行い,有効性を評価した。興味深いことに,in vitroスクリーニングで同定済みの32個のヒット化合物はいずれもドッキングスコアが-8.0kcal/mol以下と非常に高い親和性を示し,バーチャルスクリーニングの有効性が示唆された。また,これらのヒット化合物の結合部位をドッキングシミュレーションにより分析したところ,32化合物は大きく5つの結合部位に分類することができた。
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今後の研究の推進方策 |
HBVポリメラーゼの3Dモデルを用いたシミュレーションによる候補阻害剤の結合部位予測において,これまでに試行した化合物の結合ポケットは,大きく分けて5か所に分類することができた。そこで,今後は異なる結合ポケットの組み合わせによる薬剤併用により,阻害活性の相乗効果,相加効果,あるいは拮抗効果などを評価する予定である。単剤では阻害効果の低かった化合物についてもドッキングシミュレーションにより結合部位を予測し,異なる結合ポケットに作用する化合物との併用により,相乗効果が見られるかどうかを評価する。また,新規のライブラリーを用いてバーチャルスクリーニングを行い,新規候補薬剤を探索する。一方で異なるアルゴリズムで動作するシミュレーションソフトを複数用いることにより,それぞれの違いや精度,共通性などを適切に評価し,in vitroアッセイ系での評価と合わせて整合性を確認する必要がある。ドッキングシミュレーションに基づく候補阻害剤のRT結合予測部位をアミノ酸置換により変異させた変異型RTを作製し,in vitro アッセイ系による活性への影響,および候補阻害剤投与時の活性への影響を検討し,予測値と実測値の整合性を評価する。また,シミュレーションの結果を評価するために,SPR解析によるリガンド相互作用についても検討する。さらに活性に影響を与えうる部位を同定し,その領域に絞ったドッキングシミュレーションによる化合物スクリーニングを行う。ドッキングシミュレーションによって得られた候補化合物の阻害効果を,in vitroアッセイ系で評価する。また,有望な阻害剤が見いだされた場合,セルベースアッセイや動物モデルでの薬剤評価を行い,新規薬剤開発につなげる。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初購入予定であったタンパク質立体構造解析ソフトについては,アカデミックフリーソフトで代用しており,2020年度の購入は保留とした。今後の解析内容によって,有償ソフトウェアの購入が必要となると考えている。論文の投稿料や英文校正費用に関しては,大学の英文校正・オープンアクセス論文支援プログラムに採択されたため,当研究費を使用する必要がなくなった。また,新型コロナウイルス感染拡大の影響により,学会や研究会への参加のための旅費が不要となった。次年度はドッキングシミュレーション解析やその検証に必要な物品,試薬の購入,および論文投稿に使用する予定である。
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